経営幹部やリーダーが自走すれば、組織はまわる
ある企業の経営者から、こんな相談を受けました。
「うちの幹部社員たちは、指示待ちなんです。自分で考えて動いてくれない。どうすれば、自分の思いを部下に伝えられるでしょうか?」
この悩み、実はとてもよく聞きます。ぼくがアドバイザーとして関わってきた多くの企業でも、同じような課題を抱えていました。経営者は「もっと主体的に動いてほしい」と思い、リーダーたちは「経営者の考えがよくわからない」と感じている。この状況を解決する鍵は「経営者の頭の中の言語化」にあります。
なぜ言語化が必要なのか?
ある老舗企業の例を紹介します。創業60年を超えるその会社では、経営者が「もっと攻めの姿勢で行こう」と号令をかけていました。でも、部長クラスのリーダーたちは動けずにいたんです。
なぜでしょうか?
それは「攻めの姿勢」が明確になっていなかったからです。経営者の頭の中では、新規事業への投資や、新しい顧客層の開拓などの具体的なイメージがあったはずです。でも、それが言葉になっていなかった。
「攻めの姿勢」という言葉だけでは、リーダーたちには何をすればいいのかわかりません。経営者の頭の中にある具体的な戦略や、判断の基準が見えないんです。
このように、経営者の頭の中にある「当たり前」が言葉になっていないために、組織全体が停滞してしまうケースは少なくありません。ぼくは年間200社以上の企業と関わっていますが、その多くがこの「言語化」の課題を抱えているんです。
言語化すべき3つのポイント
経営者が自走するリーダーを育てるために、言語化すべきポイントは大きく3つあります。
1. 目指す方向性の言語化
「こういう会社にしたい」という漠然としたビジョンではなく、以下の要素を明確にします:
- ・3年後にどんな状態を目指すのか
- ・その状態が実現できたら、誰がどんな変化を得られるのか
- ・なぜそれを目指すのか
また、別の製造業の会社では、こんな経験をしました。その会社の経営者は「世界一の技術を目指す」と掲げていました。たしかに立派な目標ですが、具体的に何をすればいいのかがわかりません。そこで、次のように言語化し直しました
「3年後までに、自動車部品の精度で業界トップ3に入る。それにより、大手メーカーの新規開発案件を年間3件以上受注できる状態を目指す」
こう変えた途端に、リーダーたちの動きが変わりました。目標が具体的になったことで、各部門が何をすべきかが見えてきたんです。
2. 判断基準の言語化
経営者が「これはOK、これはNG」と判断する際の基準を明確にします。たとえば:
- ・どんな案件なら投資してよいのか
- ・どんな人材を採用したいのか
- ・どういう場合は方針を変更するのか
特に重要なのは、経営者が「当然」と思っている判断基準を言葉にすることです。最近、ある商社さんで印象的な出来事がありました。その会社の経営者は「なんでこんな簡単な判断もできないんだ」とリーダーたちに不満を持っています。ですが、よく話を聞いてみると、そのリーダーたちには判断の基準が見えていなかったんです。
そこで、経営者の判断基準を以下のように言語化しました:
「新規取引を始める際の判断基準:
- ・初回取引が1000万円以上の案件
- ・取引先の直近3年の成長率が10%以上
- ・意思決定者と直接やり取りができること」
これだけで、リーダーたちは自信を持って判断できるようになりました。
3. 行動指針の言語化
リーダーたちが具体的にどう動けばいいのかを示します:
- ・今期は何に注力すべきか
- ・どんな行動を評価するのか
- ・判断に迷った時は何を優先すべきか
この部分が曖昧だと、リーダーたちは「経営者の顔色を窺う」ことになります。結果として、組織全体が受け身になってしまうんです。
言語化の具体的な方法
では、具体的にどうやって言語化すればいいのでしょうか? ぼくが実践している方法は、以下の3ステップです。
Step1:自分の判断の振り返り
まず、経営者自身が最近下した判断を振り返ります。「なぜその判断をしたのか?」を具体的に言葉にしていきます。
たとえば: 「この案件に投資したのは、顧客接点が増えると判断したから」 「あの提案を却下したのは、リソースが分散すると考えたから」
Step2:具体例を集める
次に、その判断基準が当てはまる他の例を集めます。これにより、より普遍的な基準が見えてきます。「顧客接点」という判断基準は他のケースでも使えるか? 「リソースの集中」は他の場面でも重要か?
Step3:基準の明文化
最後に、それらを誰にでもわかる言葉で表現します。
「新規投資の判断基準:
- ・顧客接点が2倍以上に増えるか
- ・既存事業とのシナジーがあるか
- ・半年以内に成果が出せるか」
言語化の失敗例と対策
ここで、よくある失敗パターンをご紹介します。
その1:抽象的な表現に留まる 「顧客第一」「品質重視」など、誰も反対しない当たり前のフレーズで終わってしまうケース。これでは意味がありません。
対策: 必ず具体例を添える。「顧客第一とは、クレームゼロを目指すこと」など。
その2:理想論を語りすぎる 現場の制約を考慮せず、きれいごとばかり並べてしまうケース。
対策: 必ず「No」の基準も示す。「こういう場合は許容する」といった例外も明確にする。
その3:一度で完璧を目指す すべての基準を一気に作ろうとして、結局何も決まらないケース。
対策: まずは重要な3つに絞って始める。実践しながら徐々に増やしていく。
言語化後の展開方法
言語化ができたら、次は展開です。ここで重要なのは、一方的に「こうです」と伝えるのではなく、対話を通じて理解を深めていくことです。
ぼくが推奨している具体的な進め方は:
1. 小規模で始める
- まず少人数の幹部会で共有
- 実際のケースで判断基準を使ってみる
- フィードバックをもらい、表現を磨く
2. 対話の機会を作る
- 定例会議で判断事例を共有
- リーダーたちの解釈を確認
- 必要に応じて基準を更新
3. 文化として定着させる
- 判断基準を文書化
- 新しいリーダー向けの研修に組み込む
- 定期的に見直しの機会を設ける
最後に:完璧を求めすぎない
言語化は、決して一度でパーフェクトにする必要はありません。むしろ、不完全でも「とりあえずの形」を作り、それを基に対話を重ねていく方が効果的です。大事なのは、経営者の頭の中にある「当たり前」を、誰にでもわかる言葉に置き換えていくこと。それができれば、リーダーたちは自分で考え、判断できるようになっていきます。
まずは小さな一歩から始めてみましょう。きっと、組織は大きく変わっていくはずです。
この記事を書いた人
木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。
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