ビジネスパーソンにとって「言語化」が重要だと言われていますが、それはいったい何を意味するのでしょうか? ぼくは多くの企業で言語化の研修をしています。現場で感じるのは、まず「言語化」という言葉自体が言語化されていないということです。つまり、言語化という言葉の意味が明確になっていないのです。
言語化とは、単に言葉にすることではありません。言語化とは「明確化」です。物事を明確にし、相手に伝わるように表現することなのです。
この言語化スキルを身につけることで、ビジネスパーソンには大きなメリットがあります。具体的な事例を交えながら、10個のメリットについて説明していきましょう。
1)「意思疎通の向上」
ある製造業の例をお話しします。その会社では、営業担当者が「顧客の要望に応えきれていない」と課題感を持っていました。一方で製造部門は「営業が無理な要望を持ってくる」と感じていました。お互いに相手への不満を抱えていたのです。
ここで言語化のワークを行いました。営業担当者には「顧客が求めているものは何か」を明確にしてもらい、製造部門には「実現できることと、できないこと」を明確にしてもらいました。すると、製造部門がやろうとしていたことと、顧客が求めていることが異なることが分かりました。そして、いわば勝手に「できない」と思っていた要望とは別の本当の要望に応えることができました。
このように、言語化によって相手の意図や状況が明確になり、誤解から生じるトラブルを防ぐことができます。
2)「問題解決能力の向上」
日本生産性本部の調査によると、管理職の約7割が「部下の問題解決力が不足している」と感じているそうです。ただ、じつはこれは部下の能力の問題というより、問題を言語化できていない状況に原因があることが多いです。
たとえば「営業成績が伸びない」という問題があります。でもこれだけでは対応策として何をしていいのかわかりません。「新規顧客へのアプローチ件数が月間10件を下回っている」と言語化することで、初めて具体的な解決策が見えてきます。
3)「チームの生産性向上」
ある IT 企業では、プロジェクトの進捗管理に言語化を取り入れました。「順調に進んでいます」という曖昧な報告ではなく、「システムの設計が完了し、実装工程の30%が終わっています。次は、●●社に説明に行き、認識にズレがないか確認をします。来週中にはアポが取れる見込みです」と明確に言語化することで、チーム全体の動きが効率化されました。
ぼくらは自分がやらなければいけないことを明確に捉えられていません。同時に、他のメンバーの話を聞いても、その人が適切なアクションを取っているか判断できていません。アクションを言語化することで、お互いにやるべきことを明確に把握できます。
4)「意思決定の質の向上」
ぼくがプログラムを提供している大手商社さんでは、新規事業の採否を決める会議が大きく変わりました。
以前は新規事業の採択会議で「将来性があります」「市場の反応が良さそうです」といった感覚的な表現が多く、なかなか結論が出ませんでした。
そこでこの会社では、判断基準を以下のように言語化しました。
・「初年度の想定顧客数が1000社以上」
・「3年後の市場規模が100億円以上」
・「既存事業とのシナジー効果で売上30%増加」
・「利益率20%以上が見込める」
このように具体的な数値で言語化することで、感覚的な議論が減り、より客観的な判断ができるようになりました。実際に、この基準を導入してからの新規事業の3年後の存続率は、それまでの45%から72%まで向上したそうです。
5)「説得力の向上」
わかりやすい営業の例を詳しく見ていきましょう。ある機械メーカーの営業担当者は、「当社の商品は品質が良いです」「信頼性が高いです」という抽象的なセールストークを使っていました。しかし、なかなか成約に結びついていないのが現状でした。
そこで、ヒアリングをしながらセールストークを以下のように言語化し直しました。
・「故障率が業界平均の1/3」
・「メンテナンス費用が年間30%削減」
・「稼働率が従来比で15%向上」
・「投資回収期間が1.5年」
このように具体的に項目を明示することで、さらに数値で表現することで、クライアントの反応が大きく変わりました。実際にこの営業担当者の成約率は、3ヶ月で約2倍になりました。
数値化ももちろん大事ですが、このケースでは数値化以前に「何が価値なのか」の項目を明確に言語化したことが大きいです。
6)「自己理解の深化」
あるコンサルティング会社で、社員の強みを言語化する研修を行っていました。この会社では、「自分の強み」を以下のように具体的に言語化する研修を行いました。
・「相手の発言から3つ以上の潜在的課題を指摘できる」
・「複数の部門の意見を1時間以内に集約できる」
・「財務データから経営課題を30分以内に特定できる」
このように具体的に言語化することで、自分がどんな場面で価値を発揮できるのかが明確になり、より意識して行動することができるよういなりました。実際に、この研修を受けた社員の約8割が「自分の強みを活かせる機会が増えた」と回答しています。
「コミュニケーション力がある」という曖昧な表現ではなく、「相手の発言の背景にある課題を3つ以上指摘できる」といった具体的な言語化をすることで、自分の強みを活かせる場面が明確になります。
7)「他者理解の促進」
7つ目は「他者理解の促進」です。
これは特に部下のマネジメントで重要になります。ある大手メーカーでの事例をお話しします。このメーカーでは、若手社員の「やる気がない」という声が管理職から多く上がっていました。
しかし、実際に若手社員の発言を言語化してみると、違う実態が見えてきます。
「前例を踏襲してばかりで新しいことができない」
「上司の指示が曖昧で何をしていいかわからない」
「自分の意見を言っても却下されるから言わなくなった」
など、具体的な課題が浮かび上がってきたのです。
つまり「やる気がない」のではなく、組織の構造的な問題があったわけです。相手の言動を言語化することで、表面的な印象ではなく、真の課題が見えてきました。
米国の組織心理学者エドガー・シャインは「成功する組織のリーダーは、メンバーの発言の背後にある真意を理解する力を持っている」と指摘しています。当然ながら「じゃあテレパシーで受け取ってくれ」という話ではありません。言語化です。これは言語化による他者理解の重要性を示しています。
また、ある IT企業で中堅社員が「この仕事、もうやりたくありません」と上司に訴えました。一見すると単なるワガママのように聞こえます。でもそうではありません。上司はその発言の背景を言語化してみました。
「この仕事をやりたくない」という言葉の裏には、「自分の成長につながらない」「もっと新しい技術に挑戦したい」「キャリアプランが見えない」といった具体的な思いがあることがわかりました。
これを理解できたことで、その社員に新規プロジェクトでの役割を与えるなど、適切な対応が可能になりました。
このように、言語化スキルは他者の本当の気持ちや考えを理解するための重要なツールになります。相手の言葉をただ受け取るのではなく、その背景まで言語化することで、より深い理解と適切な対応が可能になるのです。
8)「ストレスの軽減」
多くの調査や文献で語られていますが、ぼくらのストレスのかなり多くの割合が「人間関係」から来ています。そして、職場でいえば「上司との関係」が上位に来ます
違う人間が集まっているので100%自分のストレスをなくすことは難しいかもしれません。しかし、このストレスの多くは言語化によって解消できます。「対人関係のストレス」では何をしていいかわかりませんが、言語化して原因を特定できれば対処ができます。
ある IT企業では、部下が上司に「この仕事、もう限界です」と訴えました。この「限界」という言葉を具体的に言語化してみると:
・「平均残業時間が月80時間を超えている」
・「週末も対応が必要な緊急案件が週2回発生」
・「新しい案件が入る前に既存案件が終わらない」
というように、具体的な状況が見えてきました。これにより適切な業務分担や人員配置の見直しができ、結果的にストレスの軽減につながりました。
9)「クリエイティビティの向上」
9つ目は「クリエイティビティの向上」です。
ぼくがコンサルタントとして関わった広告代理店での例をお話しします。クライアントから「斬新なアイデアが欲しい」と言われても、なかなかいいアイデアが出てこない。そんな悩みを抱えていました。
実は「斬新なアイデア」という曖昧な言葉が、クリエイティブの方向性を定めにくくしていました。そこでまず、クライアントの要望を「20代女性の興味を引き、SNSでシェアしたくなるような広告表現」と特定して言語化しました。
このように具体的に言語化することで、チームメンバーの頭の中にあった漠然としたアイデアが形になっていきました。「インスタのストーリーズで使える訴求ポイント」「友達にシェアしたくなるような話題」など、次々と具体的なアイデアが生まれてきたのです。
ぼくの経験では、クリエイティブな発想を生むために大切なのは、「無制限の自由」ではなく「適切な制約」です。言語化によって課題や目標を特定して明確にすることは、むしろアイデアを生み出しやすくする効果があります。
「自由に考えてください」と言われても、人はなかなかアイデアを出せません。しかし「30代の働く女性が、出勤前の5分で完成できる朝食メニュー」と言語化されれば、具体的なアイデアが浮かびやすくなるのです。
このように、言語化はクリエイティビティを阻害するのではなく、むしろ促進する効果があります。ぼんやりとしたイメージを言語化することで、より具体的で実現可能なアイデアに発展させることができるのです。
10)「キャリアアップのチャンス増加」
ぼくが研修やビジネスコーチングで関わってきた企業での経験から、言語化スキルの高さは確実にキャリアアップのチャンスを広げると実感しています。
ある大手メーカーさんではこんなことがありました。この会社では、管理職に昇進するための要件として以下のような言語化能力を重視しています:
・「部門の課題を数値で示せること」
・「改善策を具体的なアクションプランに落とし込めること」
・「チームメンバーの役割を明確に示せること」
このように言語化スキルは、単なるコミュニケーション能力以上の意味を持ちます。それは組織をまとめ、導いていくためのリーダーシップの基礎となるスキルなのです。
ぼくが関わってきた多くの企業で、言語化スキルの高い人材は、より重要なポジションへの登用機会が多くなる傾向にありました。その理由は明確です。言語化ができる人材は:
・組織の課題を具体的に示せる
・解決策を明確なステップで説明できる
・メンバーへの指示を明確に伝えられる
これらの能力は、組織を効果的に動かすために不可欠なものだからです。
このように、言語化スキルはキャリアの可能性を大きく広げる重要な要素と言えます。日々の業務の中で、意識的に言語化を心がけることで、このスキルは着実に向上していきます。
この記事を書いた人
木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。
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