
日本の労働生産性は、OECD加盟国38カ国中28位(公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2022年版」)と低迷しています。特に、指示や情報共有の曖昧さが生産性向上の大きな障壁となっていることが、様々な調査で指摘されています。
エン・ジャパン社が発表している調査では、「現在の上司または部下とのコミュニケーションについて課題を感じますか?」という問いに対し、70%が「感じる」と回答しています。具体的な項目としては、上司が感じているトップ項目は「相手との精神的な距離を感じる」(40%)、部下が感じているものは「指示・指導がわかりにくい」(48%)が最多でした。
課題の発生原因が、部下にあるのか、上司側にあるのか、ここではわかりません。ただし、上司からの指示が「わかりづらい」のはコミュニケーションの課題を大きくしている要因の一つに(確実に)なっていると推測できます。
リーダーの役割で最も重要なのは「指示を出すこと」だと言われています。確かにその通りですが、単に指示を出せばいいわけではありません。「もっと顧客目線で」「チームの一員としての自覚を」といった言葉を投げかけても、メンバーは具体的に何をすればいいのかわかりません。
では、どうすれば的確な指示を出せるのでしょうか? 答えは「言語化」にあります。今回は、チームの成果を最大化するための「言語化」の手法について解説していきます。
言語化とは「明確化」である
言語化とは、単に言葉にすることではありません。言語化とは「明確化」なのです。厚生労働省「令和4年版 労働経済の分析」からは、職場でのコミュニケーションの質が高い企業ほど、労働生産性も高い傾向にあることが読みとれます。
ある製造業の事例を紹介しましょう。大手自動車部品メーカーの品質管理部門のリーダーAさんは、部下に「品質に気を配って」と指示を出していました。しかし、不良品の発生率は一向に下がりません。そこでAさんは指示を変えました。
「製造ラインで5分に1回、完成品の寸法を3か所測定してください。測定値が規定値から0.1ミリでもずれていたら、すぐに私に報告してください。報告を受けたら、私が30分以内に現場確認に行きます」
この明確な指示により、品質管理の体制が整い、安定した製造ラインが実現できたそうです。
「そのために、何をする?」で具体化する
かつては「察しろ」「自分で考えろ」だけで済んだかもしれません。しかし、リーダー・メンバー間の「共通認識」が薄れてきている中で、「察しろ」だけでは意思の疎通は難しいです。上司から明確なゴール提示と指示をすることが、必須になっています。
ここでリーダーに必要なのが「そのために、何をする?」という問いかけです。これを3回繰り返すことで、明確なアクションが見えてきます。
「顧客目線で考えるために、何をする?」 → 商品の使い勝手を確認する
「商品の使い勝手を確認するために、何をする?」 → 実際に使ってみて作業時間を計測する
「作業時間を計測するために、何をする?」 → 商品サンプルを使って作業手順書を作成する
このように問いかけを重ねることで、具体的なアクションが見えてきます。
「やらないこと」も言語化する
業務の優先順位付けや取捨選択が明確な職場ほど、従業員の働きがいが高まり、結果として生産性も向上する傾向があります。
ある大手IT企業の例を見てみましょう。開発チームでは、毎週月曜日の朝に1時間の進捗会議を行っていました。ただし、なぜこの会議をやっているのかを明確に示せる人はおらず、「なんとなく」で続けていました。そこで、チームリーダーのBさんは「なくしたら、誰にどういう変化が起きるか?」を考えました。
会議参加者10名に「この会議をなくしたら、あなたの仕事にどんな支障が出ますか?」と聞いてみたところ、ほとんどの人が「特に困らない」と答えたのです。
実は必要な情報共有は、チャットツールやタスク管理ツールで十分カバーできていました。この気づきにより会議を廃止し、その時間を実際の開発作業に充てることができるようになりました。その結果、チームのアウトプットは大きく改善したそうです。
リーダーに求められる言語化
メンバーの「モヤモヤ」を言語化する
上司と円滑なコミュニケーションが取れていると感じている社員は、そうでない社員と比べて、仕事への意欲や満足度が約1.8倍高いという調査データもあります。リーダーはメンバーの頭の中も言語化できるようにサポートしなければいけません。メンバーが「モヤモヤしています」と言ってきたとき、それは①怒り(不満)か、②不安のどちらかです。これを明確にするために、「べき」と「だって」で考えます。
「上司はこうするべきなのに」という怒りなのか、「このままだと自分はこうなってしまうかもしれない」という不安なのか。これが分かれば、適切なサポートができます。
「数から話す」で認識を合わせる
厚生労働省の分析によると、指示内容の構造化(情報の整理・体系化)ができている職場ほど、業務効率が高いという結果が出ています。
そのためのポイントが「数から話す」です。
「今日は3つ話があります」 「この仕事で気を付けることは2点あります」
このように数を示してから話をすることで、メンバーは頭の中を整理しながら聞くことができます。また、後から「あのときの3つって何だったっけ?」と思い出すこともできます。
「行間」を埋めて誤解を防ぐ
経済産業省の報告書では、業務上の認識齟齬の多くが「暗黙の了解」に起因していることが指摘されています。
たとえば「すぐに報告してください」と伝えたとき、メンバーは「メールで送ればいい」と解釈するかもしれません。でもリーダーは「直接来て説明してほしい」と思っているかもしれません。この行間を埋めないと、後でトラブルになります。
リーダーは「メールで送りたくなると思うけど、今回は直接説明してください」というように、メンバーが誤解しそうなポイントを先回りして伝える必要があります。
言語化の目的は「正しい行動を引き出すこと」
経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」では、組織の生産性向上には「期待役割の明確化」と「コミュニケーションの質の向上」が不可欠だと指摘されています。言い換えれば、言語化された組織づくりこそが、これからの経営における重要課題といえるでしょう。上司からの指示が明確で、期待値が具体的であれば、従業員の主体性が高まり、結果としてパフォーマンスも向上していきます。
これらの言語化の目的は「メンバーから正しい行動を引き出すこと」です。単に考えていることを言葉にすればいいわけではありません。メンバーが具体的なアクションを取れるように、明確に伝えることが重要なのです。
では、具体的に何から始めればいいのでしょうか?
まずは、今日あなたが出した指示を振り返ってみてください。
その指示はメンバーがすぐに「意図したアクション」が取れるものでしょうか?
メンバーが誤解しそうな「行間」はないでしょうか?
本当に必要なタスクだったのでしょうか?
言語化された組織では、メンバーが迷うことなく行動でき、結果としてチーム力が大きく向上していきます。「なんとなく」「いつもの感じで」という曖昧な指示をなくし、すべてのコミュニケーションを明確にしていく。その一歩を、今日から始めてみませんか。

この記事を書いた人

木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。

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