
組織で「ダイバーシティ」「エクイティ」や「インクルージョン」という言葉を聞かない日はないと言っていいほど、DE&Iが注目されています。多くの企業が研修を実施し、掲げる理念としても定着しつつあります。裏を返せば、多くの日本企業においてこの「DE&I」が必要、というよりむしろ緊急の課題だということです。
ですが、なぜそこまで緊急性が高い事案として注目されているのでしょうか?
それはひと言でいうと、組織の持続的成長と競争力強化に直結するからです。少子高齢化や労働力不足が進む中で、多様な人材の活躍は不可欠であり、性別・年齢・国籍・価値観の違いを尊重し活かすことが求められています。
さらに言えば、同性であっても、同年代であっても、価値観の違いを重視しなければいけません。「昭和」の雰囲気では、「いいからやれ!」「背中を見て学べ!」で過ごして来れました。しかし今は違います。今はお互いの価値観の違いを認めながらでなければ、組織をまとめることができません。「いいから俺に従え!」では誰もついてこないんです。
DE&I研修をやってはいるが……
そして、多様性の受容だけでは不十分です。知識として知っているだけでなく、単に「受けれている」だけでもなく、誰もが公平に評価され、安心して発言・行動できる環境(インクルージョン)の整備が重要です。その実現には、社員一人ひとりがDE&Iの本質を理解し、自分ごととして行動に落とし込む必要があります。
だから多くの企業がこの「DE&I」に関する研修を実施しているのです。形式的なスローガンではなく、具体的な言葉で「なぜ必要か」「どう関わるか」を言語化することで、組織文化として根づかせようとしているわけですね。
ですが、正直なところ「何をすれば多様性を推進したことになるのか?」「どうすればインクルーシブな組織になれるのか?」と聞かれると、明確に答えられる方は少ないのではないでしょうか。大切なことは「DE&Iを推進します!」と宣言することではなく、組織内の全員が「何をすればDE&Iが推進されるのか」を明確に理解し、日々の行動に落とし込めることです。
「DE&I」が単なるお題目で終わる本当の理由
日本は少子高齢化が進み、労働力人口の減少が深刻化しています。これからの企業にとって、多様な人材の活用は生き残りをかけた必須課題です。実際、経済産業省も「ダイバーシティ経営」の推進がイノベーション創出と企業価値向上に寄与すると明言しています。
このような状況で各社がDE&I研修に力を入れているにもかかわらず、なぜ期待通りの効果が出ていないのでしょうか?
それは「言語化されていないから」です。
言語化とは単に「言葉にすること」ではありません。明確化することです。言語化できていれば、その言葉を聞いた人が「何をすればいいか」を具体的に理解できます。
例えば、「インクルーシブな組織をつくりましょう」という言葉を聞いて、あなたは明日から何をすればいいかわかりますか?おそらく「なんとなく排除しないような雰囲気をつくる」くらいしか思い浮かばないのではないでしょうか。これではメンバーが正しいアクションを取れるはずがありません。
NTTデータ経営研究所の調査では、「インクルージョン」の認知度は31%にとどまり、「エクイティとイクオリティの違い」に至っては17%しか理解されていません。みんなが言葉は知っていても、本当の意味を理解していない状態なのです。そして言葉の意味を理解していなければ、当然意図された行動を取ることもできません。
DE&I推進の3つの失敗パターン
DE&I推進が形骸化してしまう原因は、大きく分けて3つあります。
1. 概念が抽象的すぎる
「ダイバーシティ」も「エクイティ」も「インクルージョン」も、言葉としては知っていても、具体的に何を指すのかわからない方が大半です。「多様性を受け入れよう」と言われても、何をすれば「受け入れた」ことになるのかがわかりません。
2. 形式だけの取り組み
「女性管理職比率30%」といった数値目標だけを掲げても、組織文化として根付かなければ意味がありません。外部からの評価のためだけに行うDE&I施策は、かえって社内の反発を招くことがあります。
3. データの信頼性不足
Workdayの2023年の調査「The State of DEIB Today」によれば、DEIデータの信頼性が高いと感じる人の割合は2022年の59%から37%に低下しています。「重要だ! 緊急だ!と叫ばれても、具体的になぜやらなければいけないのかわからない」「必要性を示す数字だけ見せられても……」と感じる従業員が増えているのです。
4.行動を促していない
DE&I研修がうまくいっていない一番の理由は、「理念の共有」にとどまり、具体的な行動変容につながっていないことです。多くの研修では「多様性を受け入れよう」「誰もが働きやすい環境をつくろう」といった抽象的なメッセージが中心となり、受講者が「結局、自分は何をどうすればいいのか」を明確に理解できていません。
また、日本特有の“察する文化”の影響もあり、曖昧な表現や空気に頼ったコミュニケーションが残り、認識のズレや「モヤモヤ」が解消されないまま、概念だけ押し付けられている状態です。
さらに、「エクイティ(公平)」や「インクルージョン(包摂)」といった言葉の定義が社内で統一されていません。そのため、各自が「こういうことかな……」と解釈しますが、各自の解釈が違うので、混乱しています。結果として、研修で学んだはずの価値観が日常業務に反映されず、DE&Iが「流行りのキーワード」として終わってしまっています。
DE&I研修を活かすために必要なこと
DE&I研修を成功させるためのカギは「言語化=明確化」です。
多様性や公平性、インクルージョンといった概念は一見美しく響きますが、言葉として抽象的すぎます。そのため、受講者によって解釈がバラバラになりがちです。「多様性を尊重する」という主張の総論は賛成します。しかし各論を考え、自分は何をして、周囲のメンバーは何をするべきなのかと問われると、多くの方が「……よくわからない」となってしまうのではないでしょうか?
また、「心理的安全性を高める」と言っても、何をしたら「高まった」ことになるのでしょうか? それらを明確に言語化しなければ、現場で実践ができません。
逆に、言語化によって社内に共通認識を徹底させられれば、状況が大きく変わります。「この行動が公平性を損なう」「この表現が無意識のバイアスである」と具体的に示すことができれば、従業員一人ひとりが自分ごととしてDE&Iを理解しやすくなります。そして、その理解をベースに「何をすればいいのか」を示せれば、行動に繋がります。
表面的な理解にとどまらず、実際の行動に移していくためには、「何をするのか」「どんな条件を満たせばいいのか」などを共通言語として明確にしなければいけません。それが「言語化」なんです。DE&Iの本質を言語化し、“共通のことば”で捉えることこそ、研修を一過性で終わらせず、企業文化に定着させる鍵なのです。
「言語化」でDE&Iを成功させる3つの方法
では具体的に、DE&I推進を成功させるための「言語化」とは何でしょうか?
1. 「〜できる状態」として定義する
抽象的な「インクルージョン」という言葉を使うのではなく、「誰もが会議で自分の意見を言える状態」「バックグラウンドに関わらず昇進のチャンスがある状態」といった具体的な「できる状態」として定義します。
例えば「心理的安全性の高い組織」という抽象的な表現ではなく、「ミスを報告しても責められない組織」「上司に質問しても『そんなこともわからないの?』と言われない組織」と具体化するのです。
2. 相手の「だって」を推測し、言葉にする
多くの研修では「こういう言葉は使うべきではない」と「べき論」で教えがちです。しかし人は自分の「べき」を押し付けられると反発します。組織にルールは必要です。しかし、一方的に「べき論」を押し付けられてしまうと、DE&Iは確実に崩壊してしまいます。
べき論と同時に必要なのは「相手の『だって』」です。べきを向けられた相手は「いや、そんなこと言われても……。だって~~~だもん」という感情を抱きます。この「だって」を推測し、言葉にしていくこと自体がDE&Iを浸透させる秘訣です。
3. 具体的アクションに変える
「そのために、何をする?」を3回繰り返すのが効果的です。
「多様性を尊重する」 「そのために何をする?」 →「様々なバックグラウンドの人の意見を聞く」 「そのために何をする?」 →「会議で発言の少ない人に意見を求める」 「そのために何をする?」 →「『〇〇さんはどう思いますか?』と具体的に名前を呼んで聞く」
このように具体的なアクションまで落とし込めば、明日から実践できる行動が明確になります。
真のDE&I推進のために
DE&Iの推進は、表面的な「やっています感」で終わらせてはもったいないです。本当に組織に変化をもたらすためには、抽象的な概念を具体的な言葉で明確化し、一人ひとりが取るべきアクションを示さなければなりません。
言語化できていないものは、実行できません。DE&Iを推進するリーダーの皆さん、まずは「明日から具体的に何をすれば、DE&Iが進むのか」を明確に言語化することから始めてみてください。かつて「DE&I」という言葉すら知らなかった組織が、言語化の力で見違えるように変わっていく姿を、ぼくはたくさん見てきました。あなたの組織も、言葉の力で変えていきませんか?
この記事を書いた人

木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。

お問い合わせ
さまざまなビジネスシーンでお悩みのことはありませんか?
個人向けに3万人以上、法人向けに200社以上指導した
言語化メソッドと経験を用いて、御社のお悩みを解決します。
まずはお気軽にお問い合わせ下さい。
お電話でのお問い合わせはこちら
【受付時間】平日 9:00~18:00