
現代のビジネス環境において、社員が安心して意見を発信し、失敗を恐れず挑戦できる「心理的安全性」は、イノベーションやチームのパフォーマンス向上に直結すると広く認識されています。そんな中、近年注目されるのが「感謝の言語化」です。単なる形式的な「ありがとう」ではなく、具体的なエピソードとともに心からの感謝を伝えることが、職場全体の信頼関係をつくり、心理的安全性を高める効果があると実証されています。
本記事では、感謝の言語化がどのようにして組織に安心感をもたらし、結果的に業績向上につながるのか、検証データや先行研究、さらには成功事例を交えて詳しく解説します。
感謝の言語化とは何か
感謝の言語化とは、文字通り「相手に対する感謝を言葉にすること」です。相手に感謝の意を伝えることは大事だと頭では理解しています。でも、大人でさえ(いえ、むしろ大人の方が)感謝を伝えていません。「わざわざお礼を言うような関係ではない」「仕事だからこれくらい当たり前だ」など、いろんな思いがあるかもしれませんが、だとしても「言わないものは伝わらない」という自覚は必要です。
また、単に「ありがとうございます」といった挨拶に留まらず、「どのような点に感謝しているのか」「具体的にどの行動が助けになったのか」を明確に伝えなければいけません。たとえば、上司が部下に対して「先日のプロジェクトで、あなたが提示してくれたアイディアのおかげで、チーム全体の方向性が明確になりました。本当に助かりました」と具体的な出来事に基づいて感謝を伝えると、受け取る側は「自分の行動が正当に評価されている」と実感することができます。そして、安心感や自己肯定感が高まります。
このような具体的かつ詳細な感謝表現は、単なるマナーを超えて、組織内のコミュニケーションの質を飛躍的に向上させる効果があるのです。
心理的安全性の重要性
ではそもそも、なぜこの「心理的安全性」に注目する必要があるのでしょうか?
心理的安全性とは、社員が自分の意見や失敗を自由に共有でき、批判や非難を恐れずに行動できる環境を指します。エイミー・エドモンドソン教授の研究によれば、心理的安全性が高いチームは、問題解決能力が向上し、革新的なアイディアが生まれやすいとされています。また、心理的安全性が低い環境では、社員が自分の意見を抑制し、結果としてチーム全体のパフォーマンスが低下する傾向が明らかになっています。企業にとって、安心して意見交換できる風土は、従業員満足度の向上や離職率の低下にも寄与するため、経営課題として取り組む価値があります。
感謝の言語化が心理的安全性に与える効果
1. 具体的な感謝が信頼関係を構築する
感謝の言葉が具体的であれば、受け手は自分の行動や努力が正当に評価されていると感じやすくなります。たとえば、上司が「あなたが先日の会議で、具体的な提案をしてくれたおかげで、プロジェクトの方向性が決まりました」と伝えると、部下は自信を持ち、次回も積極的に意見を出そうという心理状態になります。そしてグローバルな調査では、業績のチームほど同僚からの称賛を受ける頻度が約72%高いとの調査結果があります。
2. 感謝がポジティブなフィードバックの連鎖を生む
感謝の言語化は、単発のコミュニケーションに留まらず、社員間のポジティブなフィードバックの連鎖を生み出します。感謝のメッセージを受けた社員は、さらに周囲に感謝の意を伝えたくなり、結果として「ありがとう」が連鎖的に広がる環境が作られます。心理学者ロバート・エモンズ博士の研究によれば、感謝の実践はストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を抑え、幸福感や安心感を増大させる効果があるとされています。このようなポジティブな連鎖が、組織全体の心理的安全性を底上げするのです。
3. コミュニケーションの質向上とオープンな意見交換
具体的な感謝表現は、社員同士のコミュニケーションの質を向上させ、オープンな意見交換を促進します。たとえば、部門内で「今週、助けられたこと」をテーマに感謝エピソードを共有する仕組みを取り入れると、互いの貢献が見える化され、自然と意見交換や改善提案が活発になります。
こうした環境では、失敗や意見の相違も建設的に受け止められ、結果として心理的安全性が高まることが実証されています(エドモンドソン教授の研究より)。
成功事例:メルカリの「メルチップ」制度
感謝の言語化を積極的に取り入れ、心理的安全性向上に成功した代表的な企業のひとつがメルカリです。メルカリは、社内コミュニケーションの活性化を目的として、Slack上で「メルチップ」と呼ばれる感謝メッセージとポイント付与の仕組みを導入しました。
メルチップ制度の特徴
- 具体性の追求: 社員は、感謝のメッセージを投稿する際に、必ず「何に対して感謝しているか」を具体的に記入するルールがありました。たとえば、「〇〇さんが先日のプロジェクトで細かい部分までサポートしてくれたおかげで、無事に納期を迎えることができました」というように、具体的なエピソードを共有する仕組みです。
- ポイント制度との連動: 投稿された感謝メッセージには、会社から付与された少額のポイントが自動的に添付され、これを後日ギフト券や社内報酬と交換できる仕組みになっています。これにより、社員は単に言葉を交わすだけでなく、具体的な形で感謝が評価される実感を得ることができました。
- 公開とフィードバック: 感謝メッセージは社内全体に公開され、同僚から「いいね」やコメントが寄せられることで、フィードバックループが形成されました。これにより、感謝の連鎖が生まれ、部門間のコミュニケーションが活性化されるとともに、全社員が「自分も感謝されたい」「感謝を伝えたい」と感じる環境が整いました。
成果と効果
メルカリのメルチップ制度導入後、社員アンケートでは以下のような成果が報告されました。
- 社員の心理的安全性が平均して20%向上し、意見交換や新しいアイディアの提案が活発になった。
- 感謝メッセージの具体性が評価され、個々の貢献が見える化されたことで、部署間の連携が強化された。
- 社内全体で「ありがとう」が飛び交う雰囲気が醸成され、結果としてストレスの軽減やエンゲージメントの向上につながった。
このように、メルカリの成功事例は、感謝の言語化が単なる形式ではなく、具体的な仕組みと連動することで、組織全体の心理的安全性や生産性に寄与することを明確に示しています。
感謝の言語化を実践するための具体策
1. 具体性のある感謝表現の習慣化
日常業務において、単なる「ありがとう」ではなく、具体的な事実やエピソードを添えた感謝の表現を奨励しましょう。たとえば、上司が部下に対して「あなたが先日のミーティングで提案してくれたアイディアのおかげで、プロジェクトの方向性が明確になりました」といったように、具体的な成果を明示することで、相手にとって実感のあるフィードバックとなります。
2. 感謝日記やサンクスカードの導入
個人が日々感じた小さな感謝を記録する感謝日記や、感謝カードを活用する仕組みは、感謝の意識を高めるうえで有効です。これらのツールは、単に口頭で伝えるよりも時間をかけて振り返る機会となり、社員自身が「どんな時に助けられたのか」を再認識する効果があります。実際に、感謝日記を続けた社員は、ストレス軽減と仕事への満足度向上が実感されるとの報告もあります。
3. 組織的なフィードバック制度の整備
感謝の言語化を促すためには、組織全体でフィードバック制度を整備することも重要です。メルカリのように、社内SNSや専用ツールを活用して、感謝メッセージを全社で共有する仕組みを導入することで、個々の貢献が見える化され、他者からの肯定的なフィードバックが生まれます。また、定期的なアンケートやディスカッションを通じて、現状の運用状況をチェックし、改善を図ることで、制度自体が形骸化せず継続的な効果を発揮し続けます。
4. リーダーシップと教育の重要性
感謝の文化を根付かせるには、まず経営層や管理職が率先して具体的な感謝表現を実践することが不可欠です。リーダーが自らの言葉で「〇〇さん、あなたのおかげでチーム全体が前に進めています」と伝えることで、社員は安心して意見を交換し、チャレンジできる環境が整います。また、感謝の意義や具体的な表現方法に関する研修やワークショップを定期的に実施することで、社員一人ひとりが自発的に感謝を言語化するスキルを身につけることが期待できます。
まとめ
相手に対し、「ありがとう」という意識を持っている人は大勢います。しかし、それを言葉にしている人はものすごく少ないです。言葉にしなければ伝わりません。「感謝を言語化」は、単なる礼儀や形式的なコミュニケーションを超えて、社員一人ひとりの本音を引き出し、組織全体の心理的安全性を高める強力なツールです。
具体的なエピソードを交えて感謝を表現すれば、受け手に「自分の努力が認められている」という実感を与え、信頼関係の構築につながります。メルカリの「メルチップ」制度の成功事例が示すように、適切な仕組みとリーダーシップの下で感謝の言語化を促進すれば、社員間のコミュニケーションが活性化し、結果としてチーム全体のパフォーマンス向上やエンゲージメントの強化につながります。
企業が感謝の言語化を実践するためには、まず具体性を重視した感謝表現の習慣化、感謝日記やサンクスカードなどのツール導入、そして組織全体でのフィードバック制度や教育プログラムの整備が不可欠です。これらの取り組みが、社員一人ひとりの安心感と挑戦意欲を高め、最終的には企業全体の競争力を向上させる大きな原動力となります。
今後、職場の心理的安全性向上を目指す企業は、ぜひ具体的な感謝の言語化の仕組みを取り入れ、メルカリの成功事例のように実践してみてください。日常の小さな「ありがとう」を積み重ねることで、社員同士の信頼が深まり、安心して意見を出し合える風土が醸成されるはずです。
この記事を書いた人

木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。

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