
はじめに:なぜ「苦手タスク」が生産性を下げるのか
現代の日本のオフィスでは、多くのビジネスパーソンが日々さまざまなタスクと向き合っています。しかし、その中には「つい後回しにしてしまう」「効率化の糸口が見つからない」と感じる作業が少なからず存在します。これらの「苦手タスク」は単なる個人的な好き嫌いの問題ではなく、ビジネスパーソン全体に共通する構造的な課題と言えるでしょう。
特に注目すべきは、これらの苦手タスクの多くが「言語化」というスキルと密接に関連している点です。自分の頭の中にある曖昧な考えや感覚を、論理的かつ明確な言葉として表現できるかどうかが、タスクの遂行速度と品質を大きく左右します。「言語化」とは単に言葉に置き換えるだけでなく、情報を整理し、構造化し、優先順位をつけ、他者に伝わるかたちに変換するプロセス全体を指します。
本稿では、日本のビジネスパーソンが共通して抱える8つの「苦手タスク」を詳しく分析し、言語化スキルを磨くことでどのように克服できるかを探ります。
1. プレゼン資料の構成・ブラッシュアップ
苦手ポイント
多くのビジネスパーソンがプレゼン資料の作成に膨大な時間を費やしています。特に難しいのが全体構成の設計です。素材や情報は揃っているのに、それをどのような順序で並べ、どのようなストーリーラインで聴衆に伝えるべきか迷ってしまうのです。その結果、完成直前になって「やっぱりこの流れではない」と気づき、大幅な修正を余儀なくされるケースも少なくありません。
言語化による解決策
効果的なプレゼン資料を作るには、まずスライドを一枚も作らずに「伝えたいこと」を言葉で整理することが重要です。具体的には以下のステップが有効です:
- プレゼンの目的を一文で書き出す(例:「営業部門にデジタルマーケティングの導入を説得する」)
- 結論を明確に言語化する(例:「今期中にSNSマーケティングに予算を10%シフトすべき」)
- なぜその結論に至ったのか、3〜5つの理由を箇条書きで列挙する
- それぞれの理由を裏付ける具体例やデータを洗い出す
このように言語ベースで「話の筋道」を先に設計してから視覚資料の作成に移ることで、後からの大幅な修正作業を減らすことができます。また、この方法であれば、スライド作成を他者に依頼する際にも明確な指示が可能になります。
2. 会議の議事録作成・要点抽出
苦手ポイント
会議中は多くの情報が飛び交います。単なる発言内容だけでなく、「誰が」「どのような意図で」「何を言ったのか」を正確に記録するのは極めて難しい作業です。さらに重要なのは、会議の結果として「次に何をするのか」「誰が担当するのか」「いつまでに完了するのか」という具体的なアクションプランを明確化することですが、これが曖昧になりがちです。
言語化による解決策
効果的な議事録作成には、事前準備と言語化のフレームワークが鍵となります:
- 会議前に「この会議で決めるべきこと」を明確にしておく
- 発言を記録する際は「主張」と「根拠」を分けて聞き取る習慣をつける
- 議論が発散したら「今の議論の要点は〇〇について決めることです」と言語化して軌道修正する
- 会議終了前に「決定事項」「保留事項」「アクション」を明確に言葉にして確認する
特に効果的なのは、テンプレート化された議事録フォーマットを用意しておくことです。「決定事項」「論点」「次回への課題」「アクションアイテム(担当者・期限付き)」といった項目を予め設定しておけば、会議中に的確な情報を拾いやすくなります。
3. ビジネスメールの文面作成・校正
苦手ポイント
ビジネスメールは日常業務の中で最も頻繁に行われるコミュニケーション手段ですが、多くの人が文章作成に時間がかかると感じています。特に難しいのは、「簡潔さ」と「丁寧さ」のバランスです。短すぎると無礼に感じられ、長すぎると要点が伝わりにくくなります。また、敬語の使い方や文末表現の統一性など、形式面での悩みも多く聞かれます。
言語化による解決策
効率的なメール作成のポイントは、書く前の言語化プロセスにあります:
- メールの目的を一言で言語化する(例:「会議日程の調整」「企画書へのフィードバック依頼」)
- 伝えるべき内容を3〜5つの箇条書きでアウトライン化する
- 各項目を1〜2文の短い段落に肉付けしていく
- 最後に「次のアクション」を明確に示す
また、よく使うメールパターン(日程調整、報告、依頼など)は、テンプレート化しておくと効率的です。基本フレーズを保存しておき、具体的な内容だけを変更すれば、毎回一から文章を考える手間が省けます。
4. 報告書・提案書のライティング
苦手ポイント
報告書や提案書は、単なる情報の羅列ではなく、読み手を「理解」から「納得」へと導くためのナラティブが必要です。しかし、全体構造を設計せずに書き始めると、論点の重複や飛躍が生じ、結果として何度も書き直す「書き直し地獄」に陥りがちです。特に難しいのは、情報量が多い中で「何を優先して伝えるべきか」の取捨選択です。
言語化による解決策
効果的な報告書・提案書作成には、「ピラミッド構造」と呼ばれる論理展開が有効です:
- 結論を最初に明示する(例:「〇〇の導入により、年間20%のコスト削減が見込まれます」)
- 結論を支える主要な理由を3〜5つ提示する
- 各理由を裏付ける具体的なデータや事例を提示する
- 再度結論を提示し、具体的なアクションプランを示す
この構造を事前に言語化し、章立てや見出しとして明確にしてから本文を書き始めることで、論理的一貫性が保たれます。また、各セクションの冒頭に「このセクションでは〜について説明します」といった導入文を置くことで、読み手の理解を助けることができます。
5. ディスカッション内容の要点整理・課題抽出
苦手ポイント
チームでのディスカッションは、多様な視点からのアイデアが飛び交う創造的な場ですが、同時に「結局何が決まったのか分からない」という状況に陥りやすい難しさがあります。特に、複数の論点が混在し、各参加者が異なる前提や視点から発言している場合、議論の全体像を把握することは容易ではありません。
言語化による解決策
効果的なディスカッション整理のためには、「メタ認知」と「構造化」の言語化スキルが必要です:
- 議論の最中に「今私たちが話しているのは〇〇についてですね」と論点を明確化する
- 出てきた意見を「賛成意見」「反対意見」「代替案」「質問」などにカテゴリ分けする
- 対立する意見がある場合は「AさんとBさんの意見の相違点は〇〇ですね」と言語化する
- 議論終了時に「合意できた点」と「さらに検討が必要な点」を明確に区別する
この整理力を高めるには、日常的に「何について話しているのか」を意識的に言語化する習慣をつけることが有効です。また、ホワイトボードやオンラインツールを使って視覚的に議論の構造を書き出しながら進めることも、参加者全員の認識共有に役立ちます。
6. フィードバックの集約・コメント整理
苦手ポイント
複数の関係者から寄せられたフィードバックやコメントを一つの文書にまとめる作業は、意外なほど難しいものです。同じような指摘の重複排除、矛盾する意見の調整、建設的で受け入れやすい表現への変換など、単なる「まとめ」以上の高度な言語処理が求められます。
言語化による解決策
効果的なフィードバック集約には、以下の言語化アプローチが有効です:
- コメントを「構造的問題」「内容の正確性」「表現の改善」「追加提案」などのカテゴリに分類する
- 類似コメントはまとめて「複数の方から〇〇について指摘がありました」という形で表現する
- 対立する意見がある場合は「Aという意見とBという意見がありますが、どちらを採用するか検討が必要です」と明示する
- 建設的で具体的な改善案を提示する(「〜が分かりにくい」ではなく「〜という表現に変更するとより明確になります」)
このプロセスを支援するツールとして、表計算ソフトやプロジェクト管理ツールを活用し、コメントの分類・優先順位付けを視覚化することも効果的です。フィードバックの「メタ分析」により、どの部分に最も注目すべきかが明確になります。
7. データやグラフの可視化・説明文作成
苦手ポイント
データ分析の結果やグラフを作成したものの、そこからどのような「ストーリー」を導き出せばよいのか悩むケースは多いものです。単にデータを羅列するだけでは、読み手にとって「で、それがどういう意味なのか?」という疑問が残ってしまいます。数値やグラフから「洞察」を引き出し、それを明確な言葉で表現することが求められます。
言語化による解決策
データの効果的な表現には、「So What?(それでどうなの?)」という問いかけが有効です:
- 各グラフや表が示す最も重要なポイントを一文で言語化する(例:「2024年第2四半期は前年同期比15%の売上増加を達成」)
- なぜそれが重要なのかを説明する(「これは過去5年間で最高の成長率であり…」)
- そこから導かれるアクションや示唆を明確にする(「この成長を維持するためには…」)
- 全てのデータポイントを無理に説明せず、最も伝えたい「ストーリー」に関連する部分にフォーカスする
特に効果的なのは、グラフや表の直下に「このデータから分かること:」というセクションを設け、3〜5つのポイントを箇条書きで示すことです。これにより、読み手はデータの解釈方法を明確に理解できます。
8. プロジェクト進捗報告資料の作成・まとめ
苦手ポイント
プロジェクトの進捗状況を定期的に報告する資料作成は、「過去・現在・未来」の要素を適切にバランスよく含める必要があり、単なる作業記録以上の価値が求められます。特に難しいのは、「何が変わったのか」「なぜ計画との乖離が生じたのか」「次のステップでどんなリスクが予想されるか」などの本質的な情報を簡潔に伝えることです。
言語化による解決策
効果的な進捗報告のために、以下の言語化フレームワークを活用しましょう:
- 「計画vs実績」を明確に区別し、乖離がある場合はその理由を具体的に言語化する
- 発生した問題とその解決策を「課題→対応→結果」の流れで整理する
- 「学び」のセクションを設け、プロジェクトから得られた気づきを言語化する
- 次期のアクションプランを「目標→手段→期限→担当者」の形で明確にする
特に重要なのは、進捗報告を単なる「報告」ではなく「意思決定のための材料」と位置づけることです。そのためには、「現状に基づく判断が必要な点」を明確に言語化し、可能であれば選択肢と推奨案を提示することが効果的です。
まとめ:言語化スキルを磨くための日常的な取り組み
以上の8つのタスクは、いずれも「言語化スキル」を向上させることで、大幅な効率化と品質向上が見込めるものです。「言語化スキル」は一朝一夕に身につくものではありませんが、以下のような日常的な取り組みによって着実に高めることができます:
- 「一言で言うと何か?」を習慣化する:会議の後や記事を読んだ後に、内容を一文で要約する練習をする
- アウトライン作成を徹底する:どんな文書作成でも、まず箇条書きで骨組みを作ってから肉付けする
- 「言いたいことノート」を作る:モヤモヤした考えや気づきを、とにかく言葉にして書き出すノートをつける
- フレームワークを活用する:「PREP法(結論→理由→具体例→再結論)」などの論理構成の型を意識的に使う
- 言語化の時間を確保する:タスクに取り掛かる前に「何をどう進めるか」を言葉にする時間を設ける
これらの取り組みは、一見すると「余計な手間」に思えるかもしれませんが、実際には後工程での大幅な時間削減につながります。言語化によって思考が整理され、無駄な試行錯誤や修正作業が減少するからです。
「苦手タスク」を言語化スキルで乗り越えることは、単に個々の作業の効率を上げるだけでなく、あなたのビジネスコミュニケーション全体の質を高め、キャリア形成にも大きく貢献するでしょう。まずは日常業務の中で小さな「言語化」の習慣から始めてみてください。
この記事を書いた人

木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。

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