
ビジネスの世界で「言語化能力」の重要性が叫ばれるようになって数年が経ちました。ぼくが言語化コンサルタントとして多くの企業を見てきた中で気づいたのは、約8割の人が「自分は言語化できている」と思い込んでいる一方で、実際には明確に伝えられていないというギャップです。言語化とはただの言葉選びや美しい表現ではなく「明確化」であり、これは比較と定義という方法を通じて、誰もが身につけられるスキルなのです。
言語化とは「明確化」である
ぼくは19歳から言葉に関する本を書き始め、言語化コンサルタントとして年間200件、累計3000件以上のコンサルティングを行ってきました。その経験から言えるのは、言語化とは単に言葉にすることではなく、「明確化すること」だということです。
多くの人は言語化というと、キャッチコピーを作ることや短い言葉で表現すること、あるいは美しい言葉で飾ることだと考えがちです。しかしそれは違います。明確にすることが言語化の本質であり、それが図形などの視覚的な方法で表現されても、明確であれば言語化と言えるのです。
ぼくが14歳の頃、学校の授業が分かりにくいと感じたことがきっかけでした。「こんなに難しく言わなくても、もっと分かりやすく伝えられるはずだ」と思ったのです。その後、大学生時代には『資本論』という難解な名著を分かりやすく言語化して本を出版しました。日本語で書かれているはずなのに、多くの人には「読めない」と感じられるテキストを、どうすれば分かりやすく伝えられるかを考え続けてきたのです。
逆に言葉で表現していても「いい感じにやっといて」といった曖昧な指示は言語化できていません。ぼく自身、かつて勤めていた会社でも「吉菜にやっといて」(「いい感じにやっといて」の意)という口癖があったことを思い出します。そんな指示では、相手は何をどうすればいいのか分からないのです。
ビジネスにおける言語化の3つの要素
ビジネスシーンでは、それぞれの立場によって言語化すべき内容が異なります。ぼくはこれを3つに分けて考えています。
- 経営者 – ビジョンを言語化する責任がある
- リーダー – メンバーが取るべきアクションを言語化する責任がある
- メンバー – 日々のコミュニケーションを言語化する責任がある
- 特にリーダーの言語化は重要です。しかし、「リーダーがメンバーのアクションを言語化したら、メンバーが考えなくなる」という反論をよく受けます。そんな時、ぼくはスポーツの例えを使います。
スポーツで言えば、メンバーはプレイヤーであり、リーダーは監督です。試合で勝つために選手がどう動くべきか、どんな作戦で勝とうとしているのかを示すのは監督の役割です。経営者が示したビジョン(この試合に勝つこと)を達成するために、各プレイヤーが何をすべきかを示すのがリーダーなのです。
「自分で考えろ」「俺の背中を見ろ」という指導では不十分です。それは、「とりあえず試合買っといて」と言うようなもので、監督失格といえるでしょう。ぼくが武道で学んだように、「守・破・離」の「守」の段階では、誰かが示したことをそのまま守る必要があります。何も教えずに「自分で考えろ」と言っても、成長はありません。
リーダーの言語化の課題と解決策
「私はリーダーになりたくてなったわけではない。能力もないし向いていない。なのに全部私に決めろというのは重い」という悩みをよく聞きます。
そこでぼくが提案する解決策は、リーダーが一人で全てを決めるのではなく、メンバーと相談するというアプローチです。経営者が掲げたビジョンを自分のチームに置き換え、「私はこう思うけど、みんなはどう思う?」とメンバーに投げかけます。メンバーからの意見をもらい、みんなで決めていく。そして、メンバーが出したアイデアをリーダーが明確にする。このファシリテーターとしての役割を担えば、負担は大幅に軽減されます。
言語化できている「思い込み」を捨てる
言語化の最大の問題は、多くの人が「自分は言語化できている」と思い込んでいることです。ぼくの組織でアンケートを取ると、約8割の人が「言語化は大事だ」と答え、同時に「自分はできている」と考えています。「あいつができていない」「俺はできている」という思い込みが、コミュニケーションの障壁となっているのです。
ぼくが強調したいのは、「自分が発している言葉が明確になっているかどうか」を常に疑問視することの重要性です。「誰も明確にできていない」という前提に立ち、自分の言葉が曖昧だという認識を持つことから始めましょう。その上で、指示や伝達内容をより明確にするステップを意識的に組み込む必要があります。
言語化が苦手な人のありがちなパターンと対策
言語化が苦手な人に最も多く見られるパターンが「いい感じにやっといて」といった曖昧な指示です。このような指示は相手に何をどうすべきか伝わらず、結果として期待した成果が得られません。
ぼくが提案する具体的な対策は、「そのために何をする」という問いを自分に3回繰り返すことです。例えば:
- 「資料をいい感じに作っておいてください」
- 「資料をいい感じにするために、あなたが気に入っている雑誌を10冊集めて、いいと思ったビジュアルを切り抜いてください」
- 「いいと思ったビジュアルを特定するために、あなたが好きなタレントさんが写っている写真を10枚集めてきてください」
- このように「そのために何をする」と3回掘り下げることで、自分の考えが明確になっていきます。トヨタ式の「なぜを5回繰り返す」手法と似ていますが、「なぜ」は間違った方向に掘り下げてしまう危険性があります。「そのために何をする」という形で具体的なアクションに落とし込む方が確実です。
言語化上手になるための2つの方法
ぼくが長年の研究と実践から見出した、言語化が上手になるための2つの方法をお伝えします。
1. 比較する
比較することで物事が捉えやすくなります。これは言語化の入り口として最も簡単な方法です。
例えば、単に「今日は25度です」と言われても特別な感情は湧きませんが、「昨日より5度下がりました」と言われると「寒い」と感じることができます。比較によって状況や感覚が明確になるのです。
ぼくがコンサルティングでクライアントと話す際も、常に「これとあれを比べるとどうですか?」という問いかけをします。マーケティングでも同様に、自社製品だけを見ているとその良さがわかりにくいですが、他社製品と比較することで違いが明確になります。
言語化したいときは、まず何かと比較してみることを習慣にしてみてください。「昨年と比べて今年はどうか」「競合と比べて我が社はどうか」「以前の自分と今の自分はどこが違うか」といった比較を意識的に行うことで、言語化の質は格段に向上します。
2. 定義を考える
より難しいですが本質的なのは「定義」を考えることです。ぼくは中学2年生の頃から毎日、言葉の定義を考える習慣がありました。今でもハワイでプールに浮かんでいる時など、「南国って何だろう」「リゾートの定義って何だろう」と考えています。
定義とは単に「〇〇とは××である」というフレーズではありません。例えば「人生とは冒険である」と言っても、それは言葉を入れ替えただけで何も明確になっていません。
真の定義とは「必要条件を挙げること」です。例えばぼくにとっての「リゾート」の定義は、「海がきれい」「半袖短パンで過ごせる」「人が少ない」という3つの条件です。これが揃っていれば、ぼくにとってはリゾートなのです。
しかし、人によって定義は異なります。「買い物できないと嫌だ」という人もいれば、「ゴルフリゾート」や「スキーリゾート」のように温かくなくても良いと思う人もいます。「あなたにとってのこの定義は何ですか?」とお互いに確認し合うことで、理解が深まります。
言語化とKPIの関係
ビジネスではKPI(重要業績評価指標)を設定することでゴールを明確にしようとしますが、これだけでは不十分な場合があります。KPIは数値で示せる部分のみをカバーしており、すべての仕事に適切なKPIが設定できるわけではありません。
例えば営業のような数字で表される仕事はKPIが設定しやすいですが、企画や話し方のようなクリエイティブな仕事はどうやってKPIで測ればいいのでしょうか。視聴回数や視聴継続率のような数字はあるものの、それだけでは価値を測れません。
ぼくが提案するのは、KPIに加えて「定性的なゴールの明確化」も行うことです。ぼくの定義では、仕事とは「誰かが何かをできるようにする」ことです。最終的には誰かをハッピーにすることに繋がるはずですが、それは「変化」をもたらすということです。
商品の価値は「変化」であるとぼくは定義しています。その商品を使うことで、「こうだった状態」が「こうなる」という変化をもたらすことができれば、その商品は価値を持ちます。同様に仕事も、誰かの状態に変化をもたらすことが本質です。
例えば視聴者が「今まで自分がこういうことを悩んでてできなかったけど、この番組を見ることでできるようになった」とか、制作スタッフが「これを1時間でまとめることができなかったけど、それが30分でまとめることができるようになった」といった変化を生み出すことが、仕事の価値なのです。
まとめ:言語化のスキルを高めるために
言語化のスキルを高めるためには、以下のポイントを意識してみてください:
- 言語化とは明確化であることを理解する
- 自分の言葉が明確でないという前提に立つ
- 指示を出す際は「そのために何をする」を3回繰り返す
- 比較と定義を積極的に活用する
- 数値目標と定性的なゴールの両方を明確にする
ぼくが常々感じているのは、私たち人間の頭の中で認知できることは全体の5%しかないという研究結果です。残りの95%は捉えきれていません。その曖昧な状態で「なんとなく違う」と言い合っているから、コミュニケーションがうまくいかないのです。
言語化というスキルを身につけることで、この「95%の曖昧さ」を少しでも明確にし、より良いコミュニケーション、より良いビジネスの成果につなげていきましょう。言語化は特別な才能ではなく、練習によって誰もが身につけられるスキルなのです。
ぼくはこれからも言語化コンサルタントとして、日本中のビジネスパーソンの言語化能力向上をサポートしていきたいと思います。一人一人が明確に伝えられるようになれば、職場のストレスは減り、より創造的で生産的な環境が生まれるはずです。
この記事を書いた人

木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。

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