
日本企業における会議、部下指導、メール・チャット、報連相などの社内コミュニケーションは、業務を遂行していくうえで必要不可欠です。また、メンバー同士の関係構築にも欠かせません。しかしながら、その一方でこれらのコミュニケーションは多くの時間とコストを消費しており、企業全体の生産性を左右する重要な要素となっています。本レポートでは、日本企業における社内コミュニケーションの年間コストを人件費換算や生産性の観点から分析し、その現状と課題を明らかにします。
会議にかかるコスト
コストが発生しているものの代表例が「会議」です。
会議は社内コミュニケーションの中でも特に時間を取られがちな活動です。パーソナル総研さんの調査によれば、一般社員は週に平均3時間以上、管理職では週6~8.6時間を社内会議・打ち合わせに費やしていました 。年間に換算すると部長級で434時間、大企業の役員クラスでは年間630時間にも及びます 。こうした会議の中には、生産的な結論を生まないまま終わる「ムダ会議」も多く含まれます。実際のアンケートでも、管理職の約27.5%が自社の会議にムダが多いと感じているという結果が出ています 。
こうした非効率な会議が積み重なると企業全体で巨額の損失となります。パーソル総合研究所の試算では、社員1万人規模の企業ではムダな社内会議時間が年間約67万時間にも達し、約15億円の人件費が無駄になっているとされています 。この試算を基にすると、社員規模がさらに大きい日本企業全体では会議による生産性損失は年間数兆円規模(約数兆~5兆円程度)に上ると見積もることができます 。
また、会議自体の時間コストだけでなく、会議のための準備にも時間が割かれています。別の調査では、会議準備で最も時間を費やしている作業は「会議資料の作成」であり、管理職は一回の会議準備に平均36.7分、一般社員でも26.9分を割いていることが報告されています 。このように、社内会議は開催そのものと準備作業を合わせ、企業に大きな時間コスト(人件費換算コスト)を発生させています。
部下指導(OJT・1on1)にかかるコスト
最近、「1on1」を導入する企業がすごく増えています。でもこれにもコストが膨大にかかっています。
日本企業ではOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を中心とした部下・新人指導が伝統的に重視されており、多くの企業で日常的に先輩社員や上司が時間を割いて指導・育成を行っています 。
厚生労働省の「能力開発基本調査」などによれば、正式な研修だけでなく7~8割の企業が日常業務の中でのOJTを主要な人材育成手段としていると言われます。企業が負担する公式な研修費用は社員1人当たり年間約3.2万円(2022年度平均)と報告されています が、これは外部講師や研修機関への支払いなどオフJT(職場外研修)のコストです。実際にはこの何倍もの時間を現場でのOJTや1on1面談に充てており、隠れた人件費コストが発生しています。
例えば、マネージャーが5人の部下それぞれと毎週1時間の1on1面談を行う場合、1人の管理職が指導に費やす時間は週5時間、年間で約250時間に達します。
管理職層全体で見れば、OJTやメンタリングに充てる時間は非常に大きな総量になります。仮に管理職クラスの社員が全体の20%いる企業の場合、部下指導に投入される延べ時間は年間数億時間規模となり、人件費に換算すると数兆円(概算で数兆~5兆円程度)のコストになる計算です。
もっとも、これら部下育成の時間は将来の生産性向上への投資でもあるため単純な「ムダ」とは言えません。しかし短期的な視点では、このような指導・育成に充てる時間も直接の生産活動に充てられていないコストであり、企業全体の人件費の中で大きな割合を占めているのは事実です。
メール・チャットにかかるコスト
メールやチャットでのやり取りも、現代の職場で大量の時間を消費しています。国内の調査によると、ビジネスパーソンは1日に平均で約50通のメールを受信し、12通程度を送信していることがわかりました 。メール1通を読むのにかかる時間は平均約1分27秒、1通を書く(返信する)のに約5分57秒というデータがあります 。
これらを積み上げると、メール対応だけで1日あたり約2~2.5時間を費やしている計算になります 。これは1週間の勤務時間の約30%にも相当し、まさに仕事の3割がメール対応に消えている状況です(マッキンゼー・グローバル研究所の分析でも、知識労働者は週の28%をメール対応に充てているとされます )。
メールだけでなく、チャットや社内SNSの利用も近年増加しています。
特にコロナ禍でリモートワークが普及した2020~2021年には、オンライン会議の時間が従来比2.5倍、社内チャットのやり取り量も約45%増加したと報じられています 。リアルタイムのメッセージングは便利な反面、「常につながっている」状況が生まれやすく、メールと同様に社員の時間を日常的に細切れに消費します。
こうしたメール・チャット対応にかかる時間を人件費に換算すると、そのコストは膨大です。仮に社員一人あたりメール・チャット対応に年間500~600時間を費やしているとすれば、日本のホワイトカラー労働者全体では数十億時間に達します。
仮に1時間あたりの人件費を2,000円程度で換算すると、メールやチャットによるコミュニケーションの年間コストは20兆円規模(数十兆円にも及ぶ可能性)になります。この中には有益な情報共有も多く含まれますが、同時に「CCに入れておくだけ」のメールや重複した問い合わせなど生産性に寄与しないやり取りも少なくありません。業務効率化の観点では、メールやチャットの使い方を見直すことで大きなコスト削減余地があります。
「報連相」にかかるコスト
日本の職場文化では、上司への定期報告、関係者への連絡、事前の相談といった「報連相」が重視されてきました。
これ自体は組織内コミュニケーションを円滑にするための有用な慣行ですが、その一方で過度に形式的な報告書類の作成や根回しに時間を割くケースも多く、業務効率の妨げになることがあります 。
たとえば、日報・週報の作成や稟議書(承認申請書類)の作成・回覧といった作業は、本来の事業価値を直接生まない内部向け業務です。しかし多くの企業でこれらが習慣化しており、社員が報告書類の修正や上司への口頭報告に追われる場面が見られます 。
また、社内の情報共有がうまく整備されていない場合、必要な情報を得るための問い合わせや確認作業にも大きな時間がかかります。ある調査では、社員が社内情報を探すのに費やす時間は1日あたり平均1時間5分にもなることが明らかになりました 。さらに、調べても自力で解決できない場合、77%の社員が上司や同僚に問い合わせているという結果も出ています 。
つまり、社員が業務上の質問・確認のために自分以外の誰かの時間も奪っている状況が日常的に起きているのです 。このような社内問い合わせや承認待ちに費やされる時間も、見逃せないコストとなっています。
報連相にかかわるこうした社内報告業務全般のコストを定量化するのは難しいですが、例えば社員一人が日々15分程度を各種報告・連絡作業に割くと仮定すれば年間60時間となり、日本全体で見れば膨大な時間となります。
実際には職種や企業文化によってばらつきがありますが、保守的に見積もっても報告・連絡・相談に関わる年間コストは数兆円規模に上ると考えられます。近年ではこれらの非効率を減らすため、社内決裁の電子化や情報共有ツールの導入、さらには「報連相の簡素化」を掲げる企業(例:ある企業では報連相の禁止と自主性の奨励 )も現れています。報連相に費やす時間を減らし、本来の価値創出業務に充てることができれば、生産性向上につながる余地は大きいでしょう。
各カテゴリ別・年間コストまとめ(推定)
コミュニケーションの種類 | 日本企業全体の年間コスト(推定) |
---|---|
会議 | 約5兆円 |
部下指導(OJT・1on1) | 約3~5兆円 |
メール・チャット | 約20兆円 |
報告・連絡・相談(報連相) | 数兆円 |
その他の社内コミュニケーション | 数兆円 |
その他の社内コミュニケーションとしては、日常的なちょっとした打ち合わせ(立ち話や短い電話)、社内行事や懇談、部門間の調整会議などが挙げられます。これらもそれぞれ少しずつ時間を取ります。
例えば、部署間の調整のための打ち合わせや、上司への状況説明のための5~10分程度の立ち話も、一日に何度も積み重なれば大きな時間消費になります。また、リモート下ではオンラインでの短時間ミーティングやチャットでの質疑が増え、オフィス勤務時代の「ちょっと聞く」に相当するコミュニケーションも形を変えて存在しています 。
これら「その他」の社内コミュニケーションは一つ一つは短時間でも、積み重ねると組織全体では無視できない工数となります。明確な統計は少ないものの、例えば従業員1人あたり1日に合計30分程度の細かな社内連絡や雑談・情報共有があるとすれば、年間で約120時間となります。日本の全事業所ベースで考えれば、この類のコミュニケーションにも年間数兆円規模の人件費が費やされていると推計できるでしょう。
おわりに
社内コミュニケーションにかかるコストは膨大ですが、これは裏を返せば業務効率化や働き方改革による削減余地がそれだけ大きいことを意味します。近年、会議の削減や短縮、メール文化の見直し、情報共有のデジタル化(ナレッジマネジメントシステムの導入など)、OJT手法の効率化(eラーニングやメンター制度の整備)といった取り組みが広がりつつあります。
また、政府統計やコンサルティング調査でも指摘されるように、日本の労働生産性向上にはこれら「社内向け業務」の生産性改善が不可欠です 。社内コミュニケーション自体は企業活動に必要不可欠ですが、その手段やあり方を見直すことで、同じ情報共有でもより少ない時間とコストで高い効果を上げることが可能になるでしょう。それにより捻出された時間を本来の価値創造業務に振り向けることができれば、日本企業全体の競争力強化にもつながると期待されます。
参考文献・出典(一部抜粋):
パーソル総合研究所「ムダな会議による企業の損失は年間15億円」 (2018年)
産労総合研究所「2023年度 教育研修費用の実態調査」 (2023年)
日本ビジネスメール協会「ビジネスメール実態調査2024」 (2024年)
Helpfeel社 内部調査プレスリリース「社内情報検索に関する実態調査」 (2023年)
Business Insider Japan「パンデミックで会議時間は2倍、チャットは5割増しに」 (2021年)
この記事を書いた人

木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。

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