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「あの発言、パワハラじゃないの?」「女性の部下にどう接すればいいかわからない」「何気ない一言が問題になってしまった」…このような悩みを抱える管理職や人事担当者の方は非常に多いのが現状です。

実際、厚生労働省の調査によれば、パワーハラスメントを受けたことがある労働者は28.2%に上り、企業にとってハラスメント対策は待ったなしの課題となっています。しかし、多くの企業では「研修をやっておけば大丈夫」「ガイドラインを作成すれば解決」といった表面的な対応に留まっているのが実情です。

本記事では、累計2000件以上の企業コミュニケーション改善を手がけてきた経験から、本当に効果の出るハラスメント防止とコミュニケーション改善の方法をお伝えします。単なる知識の羅列ではなく、明日から実際に使える実践的な手法を、具体的な事例とともに解説していきます。

1. ハラスメントってなんで生まれるの?

ハラスメントの本当の原因は「伝わらない」ことから始まる

多くの人は、ハラスメントを「悪意のある人が起こす問題」だと考えています。しかし、実際の現場で起きているハラスメントの80%以上は、「伝えるつもりが伝わっていない」「良かれと思った言動が相手を傷つけている」というコミュニケーションのすれ違いから生まれています。

例えば、ある管理職が部下に対して「君はまだまだだね」と言ったとしましょう。この管理職は「期待しているから、もっと成長してほしい」という気持ちで発言したつもりです。しかし、部下には「自分は能力がないとダメ出しされた」と受け取られてしまう。この認識のギャップこそが、ハラスメントの温床となるのです。

組織構造がハラスメントを助長する3つのパターン

私がこれまで2000社以上の企業を見てきた中で、ハラスメントが起きやすい組織には共通する3つのパターンがあることがわかりました。

パターン1:上下関係が固定化されている
年功序列や階層が厳格で、下位の者が上位の者に意見を言いにくい環境。「言われたことだけやっていればいい」という雰囲気が蔓延している組織では、コミュニケーションが一方通行になり、相手の気持ちを理解する機会が失われます。

パターン2:成果至上主義の弊害が出ている
「結果が全て」という価値観が強すぎる組織では、プロセスや人間関係への配慮が軽視されがちです。「売上さえ上がれば多少の問題は目をつぶる」という文化が、ハラスメントを見過ごす土壌を作ってしまいます。

パターン3:コミュニケーション不足の常態化している
忙しさを理由に、日常的なコミュニケーションが不足している組織。「察してくれ」「空気を読め」という暗黙の了解に頼った意思疎通が、大きな誤解とトラブルを生み出しています。

実際の現場で起きた典型的なケース

ある製造業の現場で実際に起きた事例をご紹介しましょう。ベテランの職長Aさんが、新人のBさんに対して「そんなやり方じゃダメだ!俺が若い頃は…」と指導したところ、Bさんから「人格を否定された」として人事部にパワハラの申し立てがありました。

Aさんは技術を教えるつもりでしたが、Bさんには「自分のやり方を全否定された」と受け取られてしまったのです。この背景には、Aさんが「なぜそのやり方がダメなのか」「どう改善すれば良いのか」を具体的に言語化できていなかったという問題がありました。

このように、ハラスメントの多くは「悪意」ではなく「伝え方の問題」から生まれているのです。だからこそ、根本的な解決には言語化スキルの向上が不可欠なのです。

2. ハラスメントを未然に防ぐために

「感情」を「事実」に変換する言語化テクニック

ハラスメントを防ぐ最も効果的な方法は、感情的な表現を事実ベースの表現に変換することです。人は感情的になると、相手を攻撃するような言葉を使いがちですが、これを「事実」と「要求」に分けて伝えることで、相手を傷つけずに意図を伝えることができます。

従来の感情的な伝え方: 「君はいつも遅刻ばかりで、やる気がないんじゃないか!」

言語化スキルを使った伝え方: 「今月、遅刻が3回ありました。定刻に出社することで、チーム全体の業務がスムーズに進みます。明日から定刻出社を心がけてもらえますか?」

この変換により、相手は「人格を否定された」と感じることなく、具体的な改善点を理解できるのです。

3つのステップで身につく「ハラスメント防止言語化法」

ステップ1:感情と事実を分離する
まず、自分が感じている感情(イライラ、不安、失望など)と、実際に起きている事実を明確に分けて整理します。「なぜ自分はこの感情を抱いているのか?」「実際に何が起きているのか?」を客観視することから始めましょう。特に大事なのが、自分が持っている「べき論」を言葉にすることです。人は「べき」と思っているから怒りやイライラを覚えます。

ステップ2:相手の立場で言葉を選ぶ
次に、その事実を相手に伝える際の言葉選びを行います。「この言葉を言われたら、自分はどう感じるか?」を常に意識して、相手の立場に立った表現を心がけます。特に、「あなたは〜だ」という主語の文ではなく、「私は〜と感じる」「〜という状況になっている」という客観的な表現を使うことが重要です。

ステップ3:建設的な解決策を提示する
最後に、問題を指摘するだけでなく、どうすれば改善できるかの具体的な方法を一緒に考える姿勢を示します。「どうすれば解決できると思う?」「一緒に考えてみよう」という協働的なアプローチが、相手の反発を避け、前向きな変化を促します。

職場でよく起きる5つのシーンでの実践例

シーン1:部下のミスを指摘する時
❌「また同じミスをして、学習能力がないね」
⭕「同様のミスが2回目になります。チェック方法を一緒に見直してみませんか?」

シーン2:締切に遅れた時
❌「責任感がない。プロ意識を持て」
⭕「納期が1日遅れました。今後、進捗管理をどう改善できるか話し合いましょう」

シーン3:服装について注意する時
❌「その格好はだらしない。社会人として恥ずかしい」
⭕「お客様との打ち合わせがあるので、ビジネスカジュアルでお願いします。ジャケットを着てください。」

シーン4:業務の進め方を指導する時
❌「そのやり方は効率が悪い。もっと考えて仕事しろ」
⭕「この方法を試すと、作業時間を30%短縮できますよ」

シーン5:チームワークについて話す時
❌「みんなに迷惑をかけている自覚はあるの?」
⭕「チーム全体の目標達成のために、連携を強化していきましょう」

これらの表現の違いは一見小さく見えますが、受け取る側の感情と行動に与える影響は劇的に異なります。相手を責めるのではなく、問題解決に焦点を当てた言葉遣いが、健全なコミュニケーション環境を作り出すのです。

3. 職場のコミュニケーション環境を劇的に改善する仕組み

「心理的安全性」を高める具体的な施策

Googleが発表した「プロジェクト・アリストテレス」の研究結果では、チームの生産性を最も左右する要因は「心理的安全性」であることが明らかになりました。心理的安全性とは、「何を言っても大丈夫」「失敗しても責められない」という安心感のことです。

この心理的安全性を高めるために、多くの企業が取り入れ始めているのが「1on1ミーティング」の仕組みです。しかし、ただ1on1を実施するだけでは効果は期待できません。重要なのは、その中身と運用方法なのです。

効果的な1on1ミーティングの3つのルール

ルール1:評価のための時間ではない
1on1は人事評価や業務報告の場ではありません。部下が安心して本音を話せる「対話の時間」として位置づけることが重要です。「今、困っていることはない?」「最近、仕事で楽しいと感じることは?」といった、相手の気持ちに寄り添う質問から始めましょう。

ルール2:聞く時間を8割にする
管理職は指示や指導をしたくなりがちですが、1on1では「聞く」ことに徹することが重要です。部下の話を最後まで聞き、「なるほど」「それは大変だったね」といった共感の言葉を積極的に使いましょう。

ルール3:解決策は一緒に考える
問題が出てきても、管理職が一方的に答えを出すのではなく、部下と一緒に解決策を考える姿勢を示します。「どうすれば解決できると思う?」「他にどんな方法があるかな?」という問いかけで、部下の主体性を引き出します。

コミュニケーション改善のための「見える化」システム

多くの企業で見落とされがちなのが、コミュニケーションの「見える化」です。問題が起きてから対処するのではなく、日常的にコミュニケーションの状態を把握し、早期に改善することが重要です。

実践的な見える化の方法

月次コミュニケーション調査
毎月、全社員に対して簡単なアンケートを実施します。「上司とのコミュニケーションは良好ですか?」「困った時に相談しやすい環境ですか?」といった質問に5段階で回答してもらい、その結果をグラフ化して全体に共有します。

コミュニケーション指標の設定
売上や利益と同様に、コミュニケーションにも数値指標を設定します。例えば、「1on1実施率」「社内アンケート満足度」「離職率」などを毎月測定し、改善の進捗を可視化します。

成功事例の共有
コミュニケーション改善に成功した部署や個人の事例を社内で積極的に共有します。「A部長のこんな声かけで、チームの雰囲気が良くなった」といった具体的な事例を紹介することで、他の管理職の参考になります。

実際に効果を上げた企業の改善事例

ある IT企業では、ハラスメント事案が月に2-3件発生していましたが、上記の施策を導入した結果、半年後にはゼロ件まで減少させることに成功しました。

導入した具体的な施策

  • 全管理職を対象とした言語化スキル研修(月1回、3ヶ月間)
  • 1on1ミーティングの制度化(週1回30分、必須実施)
  • コミュニケーション満足度調査(月1回実施)
  • 優良事例の社内報での共有(月1回発行)

成果として現れた変化

  • ハラスメント事案:月3件 → 0件
  • 社員満足度:65% → 87%
  • 離職率:年15% → 年5%
  • 生産性指標:15%向上

この企業の人事部長は「最初は『また研修か』という雰囲気でしたが、具体的な改善方法を学べる内容だったので、管理職の意識が大きく変わりました」と振り返っています。

4. 管理職が身につけるべき「伝わる指導法」

「叱る」と「指導する」の根本的な違い

多くの管理職が混同しているのが、「叱る」ことと「指導する」ことの違いです。叱るは感情的な反応であり、指導するは計画的な行動です。この違いを理解することが、効果的なマネジメントの第一歩となります。

「叱る」の特徴

  • 感情が先に立つ
  • 相手の人格を攻撃しがち
  • その場の勢いで行動する
  • 相手を萎縮させる結果になりやすい

「指導する」の特徴

  • 相手の成長を目的とする
  • 具体的な行動や結果にフォーカスする
  • 事前に内容を整理してから行う
  • 相手のやる気を引き出す

部下のタイプ別指導法

ぼくがこれまで多くの企業でコンサルティングを行う中で、部下は大きく4つのタイプに分類できることがわかりました。それぞれのタイプに応じた指導法を身につけることで、ハラスメントを避けながら効果的な指導が可能になります。

タイプ1:積極的・経験豊富な部下
このタイプの部下には、自主性を尊重した指導が効果的です。「君ならどう解決する?」「任せるから、困った時は相談して」といった信頼を示す言葉遣いが適しています。過度な指示や監視は、逆に反発を招く可能性があります。

タイプ2:積極的・経験不足な部下
やる気はあるが経験が不足している部下には、具体的な手順を示しながら励ましの言葉をかけることが重要です。「最初は誰でも戸惑うものです」「一つずつクリアしていけば大丈夫」といった安心感を与える指導を心がけましょう。

タイプ3:消極的・経験豊富な部下
経験はあるが積極性に欠ける部下には、その人の強みを認めつつ、新しいチャレンジを促す指導が効果的です。「あなたの経験を活かして、こんなことにも挑戦してみませんか?」といった提案型のアプローチが適しています。

タイプ4:消極的・経験不足な部下
最も配慮が必要なタイプです。小さな成功体験を積み重ねられるよう、段階的な指導が重要です。「昨日よりも確実に上達していますね」「この部分はとても良くできています」といった、具体的な成長を認める言葉を多用しましょう。

効果的なフィードバックの「SBI法」

ハラスメントを避けながら建設的なフィードバックを行うために、多くのグローバル企業で採用されているのが「SBI法」です。

S(Situation):状況
いつ、どこで、どのような状況での話なのかを明確にします。 例:「昨日の午後2時からの営業会議で」

B(Behavior):行動
その時の具体的な行動や発言を客観的に描写します。 例:「資料の準備が間に合わず、手書きのメモで説明されました」

I(Impact):影響
その行動がもたらした影響や結果を伝えます。 例:「クライアントから『準備不足では信頼できない』というコメントがありました」

この方法を使うことで、感情的にならず、相手も受け入れやすいフィードバックができるようになります。

実際の指導場面での活用例

ケース:遅刻を繰り返す部下への指導

従来の指導方法: 「また遅刻だね。社会人としての自覚が足りない。みんなに迷惑をかけているのがわからないの?」

SBI法を使った指導:

  • S:「今月に入って3回、朝の定時に遅れています」
  • B:「朝礼の時間に席にいないため、その日の業務連絡が伝わっていません」
  • I:「結果として、午前中の作業で確認のための時間が余計にかかり、チーム全体の効率が下がっています」
  • 解決策の提案:「明日から定時出社を心がけてもらえますか?もし通勤に問題があるなら、一緒に解決策を考えましょう」

このアプローチにより、部下は「人格を否定された」と感じることなく、問題の重要性と改善の必要性を理解できます。

まとめ:継続的な改善のための3つのポイント

ハラスメント防止とコミュニケーション改善は、一度実施すれば終わりというものではありません。継続的な取り組みが必要な課題です。これまでの内容を踏まえ、持続的な改善のために重要な3つのポイントをお伝えします。

ポイント1:言語化スキルの定着化

本記事でお伝えした言語化スキルは、知識として理解するだけでなく、実際の場面で使えるようになるまで練習を重ねることが重要です。多くの企業で効果を上げているのは、月1回の「言語化トレーニング」です。

実際の職場で起きた事例を題材に、「従来の伝え方」と「言語化スキルを使った伝え方」を比較検討する時間を設けることで、管理職の実践力が格段に向上します。また、優良事例を共有することで、組織全体のレベルアップが図れます。

ポイント2:システムとしての仕組み作り

個人の努力だけに頼るのではなく、組織として継続的に改善できる仕組みを構築することが重要です。具体的には、コミュニケーション指標の定期測定、1on1ミーティングの制度化、フィードバック文化の醸成などが挙げられます。

特に重要なのは、「コミュニケーションも業績の一部」として評価に組み込むことです。売上や利益と同様に、部下とのコミュニケーション能力も管理職の重要な評価項目として位置づけることで、真剣に取り組む文化が生まれます。

ポイント3:経営陣のコミットメント

最後に、そして最も重要なのが、経営陣のコミットメントです。「コミュニケーション改善は人事部の仕事」ではなく、「会社全体の重要な経営課題」として捉え、トップが率先して取り組む姿勢を示すことが不可欠です。

経営陣自らが言語化スキルを学び、実践し、その効果を社内で共有することで、組織全体の意識改革が加速します。「社長も頑張っているから、自分たちも頑張ろう」という好循環が生まれるのです。

今日から始める第一歩

明日からすぐに実践できる具体的なアクションとして、以下の3つを提案します:

  1. 今日の会話を振り返る:今日一日の部下との会話を思い出し、「もっと良い伝え方があったか?」を考えてみてください。
  2. 一人の部下との関係改善に集中する:全員を一度に変えようとせず、まずは一人の部下との関係改善に集中して、言語化スキルを実践してみてください。
  3. 来週の1on1を予約する:週1回30分でも構いません。部下との対話の時間を意識的に作り、「聞く」ことから始めてみてください。

ハラスメントのない、風通しの良い職場環境は、一夜にして作られるものではありません。しかし、一人ひとりの小さな変化の積み重ねが、やがて組織全体の大きな変革につながります。あなたの職場が、全ての社員にとって安心して働ける場所になることを願っています。

FAQ(よくある質問)

Q1: 言語化スキルを身につけるのに、どのくらいの期間が必要ですか?
A: 個人差はありますが、基本的なスキルの習得には約3ヶ月、自然に使えるようになるまでには6ヶ月程度が目安です。重要なのは継続的な練習です。週1回でも実際の場面で意識的に使うことで、徐々に身についていきます。多くの管理職の方が「最初は意識的に使っていたが、3ヶ月後には自然と口から出るようになった」と報告されています。

Q2: 部下から「管理職の指導方法が変わった」と言われることはありませんか?
A: 確かに最初は戸惑われることもあります。しかし、多くの場合、2-3週間で「以前より話しやすくなった」「相談しやすくなった」という前向きな反応に変わります。もし部下から疑問を持たれた場合は、「より良いコミュニケーションを心がけている」と素直に説明することをお勧めします。透明性のある説明により、部下の理解と協力が得られやすくなります。

Q3: 1on1ミーティングで部下が本音を話してくれない場合はどうすればいいですか?
A: これは非常によくある課題です。信頼関係の構築には時間がかかるため、焦らずに継続することが重要です。最初は業務の話から始めて、徐々に「最近、仕事で楽しいことはある?」「何か困っていることはない?」といった質問を織り交ぜていきましょう。また、管理職側から適度に自分の体験を話すことで、相手も話しやすい雰囲気を作ることができます。無理に聞き出そうとせず、「いつでも話を聞く準備ができている」という姿勢を示し続けることが大切です。

この記事を書いた人

木暮太一 写真

木暮太一

(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。

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