
あなたの会社でも「AI活用で業務効率化を図ろう」という声が上がっているのではないでしょうか。ChatGPTやClaude、Geminiなどの生成AIツールが話題になり、多くの企業が導入を検討しています。しかし、実際に使ってみると「期待していた回答が得られない」「なんだか的外れな答えが返ってくる」「結局、自分でやり直すことになって時間がかかった」といった声をよく耳にします。
よく言われるのが「AIは自分が知らないことをかなりの精度で出してくれる。でも自分の業界に関することは60点の回答」というようなことです。要は、自分の業界・自分のタスクに関しては、「AIはまだまだ使えない」という認識をされているわけです。
でも使わないのはもったいない。なんとか使えるようになろうと、多くの企業では「AIプロンプト集」を配布したり、「効果的なプロンプトの書き方研修」を実施したりしています。書籍やネット記事で紹介されている「魔法のプロンプト」をコピー&ペーストして使おうとする人も多いでしょう。確かに、これらは一定の効果があり間違った取り組みではありません。
しかし、こうした表面的な手法だけに頼っていると、結局のところ根本的な解決には至らないのです。なぜなら、AIから思い通りの回答を引き出すために最も重要なのは、プロンプトの前に「自分が何を望んでいるか」「この場では何を明らかにしなければいけないか」を明確にすることだからです。
「プロモーション案を考えて」と指示しても、ありきたりな案しか出てこない可能性が高いです。それはAIの精度が低いからではなく、そもそも「プロモーション」の目的を自分で明確に捉えていないからかもしれません。何ができたら「プロモーションができた」と言えるのか、自分でもなんとなくしか理解していない可能性があります。
AIツールを真に業務で活用できている人とそうでない人の違いは、この「明確にするスキル」の有無にあります。
その問いかけでは、AIは欲しい回答を出してくれません
多くの企業や個人が陥っている「AI活用の落とし穴」について、まず整理しておきましょう。
プロンプト集に頼り切る問題
「営業メール作成プロンプト」「企画書作成プロンプト」「議事録要約プロンプト」…こうした便利なプロンプト集が巷にあふれています。確かに、これらをそのまま使えば、それなりの結果は得られるでしょう。
しかし、実際の業務では「お客様の業界が特殊で、一般的な営業メールでは響かない」「自社独自の企画書フォーマットがある」「会議の内容が複雑で、単純な要約では意味がない」といった状況が頻繁に発生します。
プロンプト集をそのまま使う人は、こうした状況に対応できません。結果として「AIは使えない」という結論に至ってしまうのです。本当の問題は、AIではなく「自分の状況や要求を具体的に言語化できていない」ことにあります。
「詳しく」「具体的に」という曖昧な指示
AIに対して「もっと詳しく教えて」「具体的な例を出して」といった指示を出す人も多いのですが、これも効果的ではありません。なぜなら、「詳しく」や「具体的に」が何を指しているのかが明確でないからです。
たとえば、「新商品のマーケティング戦略を具体的に考えて」と指示したとします。しかし、この指示では以下のような重要な情報が抜けています。
商品の特徴や価格帯
想定顧客の属性
競合他社の状況
予算の制約
実施期間
成功の判断基準
これらの情報がないまま「具体的に」と言われても、AIは推測で回答するしかありません。その結果、「なんとなくそれっぽいけど、使えない回答」になってしまうのです。
さらに言えば、いま考えている「マーケティング戦略」の目的とゴールが人間側で明確になっていなければ、相手(AI)も答えようがありません。仮にAIが正しい答えを出してきたとしても、人間側が「これが欲しかった!」と認識できません。
コピー&ペーストの限界
ネット上で「このプロンプトで劇的に改善!」と紹介されている事例を見て、全く同じ文章をコピー&ペーストする人がいます。しかし、これで満足のいく結果が得られることは稀です。
なぜなら、そのプロンプトは「その人の特定の状況」に最適化されているからです。業界も違えば、会社の規模も違います。抱えている課題も、目指すゴールも異なります。
こうした背景の違いを考慮せずに、表面的にプロンプトだけを真似しても、本質的な解決には至りません。重要なのは、「なぜそのプロンプトが効果的だったのか」という構造を理解し、自分の状況に合わせてカスタマイズすることです。
そして、そのためには「自分の状況を正確に把握し、それを相手(AI)に伝わる形で言語化する」というスキルが不可欠なのです。
なぜ言語化スキルがAI活用の鍵になるのか
AIとのコミュニケーションは「言語」がすべて
AIツールとやり取りする際、私たちが使えるコミュニケーション手段は「言語」だけです。表情やジェスチャー、声のトーンなど、人間同士のコミュニケーションで使っている非言語の要素は一切使えません。
つまり、あなたが考えていることや求めていることを、すべて「言葉」で表現する必要があります。「なんとなく」「だいたい」「あんな感じで」といった曖昧な表現では、AIが出してくる回答も「なんとなく」になってしまいます。
ぼくがこれまで指導してきた3万人の中で、AIを上手く活用できている人に共通しているのは「自分の考えを具体的に言語化する能力が高い」ということです。逆に、AIに不満を感じている人は「頭の中では分かっているのに、うまく説明できない」という課題を抱えています。
思考の整理こそが成果の源泉
言語化スキルを身につけると、AI活用以外の場面でも大きなメリットがあります。それは「思考が整理される」ことです。
人間の脳は、漠然としたイメージや感覚で物事を捉えがちです。しかし、それを言語化しようとすると、必然的に「具体的に何を求めているのか」「どういう条件を満たせば良いのか」「何が一番重要なポイントなのか」を明確にする必要があります。
この過程で、自分自身の考えが整理され、本当に解決すべき課題が見えてきます。結果として、AIに投げかける質問や指示も的確になり、求めていた回答が得られるようになるのです。
具体的な言語化スキルの構成要素
AI活用に必要な言語化スキルは、主に以下の4つの要素から構成されます。
状況を明確に説明する力
自分の置かれている状況や前提条件を、第三者にも分かるように説明する能力です。
自分に求められていることを明確にする力
「何を求めているのか」を具体的に表現する能力です。単に「良いアイデアが欲しい」ではなく、「どのような観点で良いと判断するのか」まで含めて伝える必要があります。
制約条件を想定する力
予算、期間、人員、技術的制約など、守るべき条件や制限を整理して伝える能力です。
成果物が何かを定義する力
最終的にどのような形で回答が欲しいのかを明確にする能力です。箇条書きなのか、文章なのか、表形式なのかによって、AIの回答は大きく変わります。
実践的な言語化テクニック7選
1. [基礎]5W1Hフレームワークの活用
AIに指示を出す前に、以下の項目を整理しましょう。
・Who(誰が)
業務の担当者や対象者を明確にします。
・What(何を)
具体的にどのような作業や成果物を求めているかを定義します。
・When(いつ)
期限や実施タイミングを指定します。
・Where(どこで)
実施場所や適用範囲を明確にします。
・Why(なぜ)
その作業や成果物が必要な理由や背景を説明します。
・How(どのように)
希望する手法やアプローチがあれば伝えます。
例えば、「営業資料を作って」ではなく、「新人営業担当者(Who)が、IT企業向けの商談(Where)で使用する、弊社のクラウドサービスの提案資料(What)を、来週の金曜日まで(When)に、競合他社との差別化を図るため(Why)に、パワーポイント形式で15ページ程度(How)で作成して」という具合に詳細化します。
2. 具体例を交えた説明手法
抽象的な概念や要求を伝える際は、具体例を併用すると効果的です。
「顧客満足度を向上させる施策を考えて」
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「顧客満足度を向上させる施策を考えて」
(具体例:レスポンス時間の短縮、問い合わせ窓口の拡充、アフターサービスの充実など、実際に顧客から要望として上がっている項目を改善したい)
このように、抽象的な要求に対して具体例を示すことで、AIはあなたの意図をより正確に理解できます。
3. 段階的な情報提供
複雑な案件については、一度にすべてを説明しようとせず、段階的に情報を提供します。
第1段階:全体像、「そもそもの目的」の説明
第2段階:詳細条件、定義の追加
第3段階:修正や調整の指示
この方法を取ることで、AIとの対話を通じてより精度の高い成果物を得られます。
4. 制約条件の明示
AIに作業を依頼する際は、守るべき制約条件を必ず伝えましょう。大事なのは、制約条件があるということを人間側が自覚することです。普段、オフィスで他のメンバーに依頼するときには、お互いに暗黙の前提で理解していることがたくさんあります。でもAIはそれがわかりません。普段自分が言葉にしていないことがある、ということ意識することが重要です。
予算制約 「広告費は月額50万円以内で」
技術制約 「既存のWordPressサイトに組み込める範囲で」
法的制約 「個人情報保護法に抵触しない方法で」
企業方針制約 「弊社のブランドイメージを損なわない表現で」
これらの制約条件を明示することで、実現可能で実用的な提案を得られます。
5. 成果物の形式指定
回答してもらいたい形式を具体的に指定します。
「箇条書きで5項目」
「表形式で比較検討」
「ステップバイステップの手順書」
「プレゼンテーション用のスライド構成」
形式を指定することで、そのまま業務で使える回答を得やすくなります。
6. 評価基準の共有
「良い提案」「適切な回答」の判断基準をAIと共有します。
「ROI(投資対効果)が高い提案を優先して」
「実装コストが低い順に並べて」
「リスクが少ない手法を中心に」
評価基準を明確にすることで、あなたの価値観に合った回答が得られます。
7. 反復改善のための質問設計
一度の質問で完璧な回答を求めるのではなく、段階的に改善していく前提で質問を設計します。
初回:大枠の方向性確認
2回目:詳細の肉付け
3回目:実用性の検証
4回目:最終調整
このプロセスを通じて、より実用的で精度の高い成果物を得られます。
言語化スキル向上のための日常的な取り組み
そもそも自分は何を考えなければいけないのか?
AIが適切な回答をしてくれないのは、そもそもぼくら人間が「何を明確にしなければいけないか」を明確にできていないからです。
「プロモーション案を考えて」と指示して、ありきたりな案しか出てこないのは、そもそも「プロモーション」の目的を自分で明確に捉えていないからかもしれません。何ができたら「プロモーションができた」と言えるのか、自分でもなんとなくしか理解していない可能性があります。
「競合との差別化を出して」と伝えてもAIはいい案を出してくれません。それは「差別化」の定義をしていないからです。そして、何のために差別化を発揮しようとしているのか、その意図も自分で整理しなければいけませんね。価格を上げるためなのか、店頭POPの告知コピーを作るためなのか、ひとまず顧客に認識してもらうためなのか。
自己対話の習慣化
日常的に「なぜそう思うのか」「具体的にはどういうことか」を自分に問いかける習慣をつけましょう。今日の会話を振り返る 今日一日の部下との会話を思い出し、「もっと良い伝え方があったか?」を考えてみてください。判断の根拠を言語化する 「この企画は良いと思う」という感覚を、「なぜ良いと思うのか」まで言語化してみてください。
メモ・記録の活用
考えたことや感じたことを、できるだけ具体的に記録する習慣をつけます。会議メモの詳細化 「面白いアイデアだった」ではなく、「どの部分が面白くて、なぜそう感じたのか」まで記録します。業務日報の充実 「忙しかった」ではなく、「どのような作業に、どの程度の時間を費やし、どのような課題があったか」を記録します。
他者への説明練習
家族や同僚に、自分の仕事内容や考えていることを説明する機会を作りましょう。専門用語を使わない説明 業界の専門用語を使わずに、小学生でも理解できるレベルで説明してみてください。制限時間内での要約 3分以内で、プロジェクトの全体像を説明する練習をしてみてください。このような日常的な取り組みを通じて、言語化スキルは確実に向上していきます。
まとめ
AIツールを業務で効果的に活用するためには、表面的なプロンプトテクニックではなく、根本的な「言語化スキル」を身につけることが重要です。このスキルを習得することで、AIから期待通りの回答を引き出せるだけでなく、社内コミュニケーションの改善、企画力の向上、問題解決能力の強化など、様々な場面で効果を発揮します。
ぼくが2000社をサポートし、累計3万人を指導してきた経験から断言できるのは、AI活用の成否は技術的な知識ではなく、「自分の考えを相手に伝わる形で言語化する能力」にかかっているということです。まずは今日から、日常の業務で「なぜそう思うのか」「具体的にはどういうことか」を意識的に言語化する習慣を始めてみてください。この小さな変化が、あなたのAI活用、ひいては業務全体の品質向上につながっていくはずです。
FAQ(よくある質問)
Q: 言語化スキルを身につけるのに、どの程度の期間が必要ですか?
A: 個人差はありますが、日常的に意識して取り組めば、3ヶ月程度で明確な変化を実感できるでしょう。ただし、スキルの習得は継続的なプロセスです。最初の1ヶ月で基本的な型を覚え、2〜3ヶ月目で応用できるようになり、半年〜1年かけて自然に使えるレベルまで向上していきます。重要なのは完璧を目指すのではなく、まずは「意識的に言語化する」習慣を身につけることです。
Q: 技術職の場合、どのような点に注意して言語化スキルを身につけるべきでしょうか?
A: 技術職の方は専門知識が豊富な分、無意識に専門用語を多用してしまう傾向があります。AIに指示を出す際も「エンジニアなら当然知っているだろう」という前提で説明してしまいがちです。しかし、AIは文脈を完全に理解しているわけではないため、技術的な背景や前提条件を丁寧に説明する必要があります。また、技術的な制約条件(使用可能な言語、フレームワーク、サーバー環境など)を明確に伝えることで、より実用的な回答を得られます。
Q: チーム全体で言語化スキルを向上させるためには、どのような取り組みが効果的ですか?
A: チーム単位での向上には、以下の取り組みが効果的です。まず、会議での発言ルールとして「結論とその根拠をセットで話す」「具体例を必ず1つ以上含める」といった基準を設けることです。また、週次の振り返りミーティングで「今週最も説明に苦労したこと」「他のメンバーの説明で分かりやすかったもの」を共有し合うことで、お互いのスキル向上につながります。さらに、プロジェクトの企画書や提案書を作成する際に、メンバー同士でレビューし合い、「この部分はもう少し具体的に」「この表現では誤解を招く可能性がある」といったフィードバックを積極的に行うことで、チーム全体のレベルアップが図れます。
この記事を書いた人

木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。

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