
多くの企業が「よかれと思って」実施している離職防止策が、実は根本的な解決になっていないかもしれません。例えばこんな施策があります。
給与アップや福利厚生を充実させる
多くの企業が真っ先に考える対策ですが、これらは表面的な対策に過ぎません。給与が上がっても、上司との関係性や仕事の進め方に問題があれば、結局は離職に至ります。
1on1面談を実施する
近年注目されている施策ですが、多くの管理職が「何を話せばいいかわからない」「部下の本音を引き出せない」という状況に陥っています。なぜなら、リーダー自身が考えていることを言語化できていないからです。
研修制度を充実させる
スキルアップのための研修制度を整えることも重要ですが、研修内容が実際の業務に活かされなければ、従業員は「時間の無駄」と感じてしまいます。
これらの対策が効果を発揮しない根本的な理由は、従業員の「本当の気持ち」や「真の不満」を言語化して把握できていないからです。つまり、従業員と企業の間に「コミュニケーションギャップ」が存在しているのです。
なぜこのようなギャップが生まれるのでしょうか?
それは、従業員自身が自分の不満や要望を「言語化」できていないからです。「なんとなく嫌だ」「モヤモヤする」といった感情はあっても、それを具体的に表現できなければ、企業側も適切な対策を講じることができません。
現状の多くの企業では、仕事の定義がかなり曖昧です。そもそも企業に就職して与えられる業務ミッションも範囲が広く、曖昧です。何をすべきかが明確になっておらず、強いて言えば「社員一丸となって、うまくやること」が業務範囲という状態です。これでは従業員自身も何をしていいのかわからず、結果的に成果を感じられずに離職につながってしまうのです。
離職防止に効果的な5つの対策
指示を明確に言語化する
離職の大きな原因の一つは、「何をすべきかがわからない」という状況です。
なぜ明確な指示が重要なのか
ぼくがこれまで指導してきた3万人の中で、多くのメンバーが「上司からの指示が曖昧で、何をしていいかわからない」と悩んでいました。「いい感じにやっておいて」「よしなにお願いします」といった指示では、メンバーは何も行動できません。それどころか、自分なりに解釈して行動した結果、「そうじゃない」と怒られることも多く、これが大きなストレスになっています。
具体的な指示の出し方
「そのために何をする?」を3回繰り返す
曖昧な指示を明確にするために、普段自分がしている指示のあとに「そのために何をする?」を3回繰り返すことが効果的です。
例:「顧客に響く資料にしてください」
↓
「そのために何をする?」→「見込み顧客に課題をヒアリングする」
↓
「そのために何をする?」→「先方にアポを取って課題を伺う場をセッティングする」
↓
「そのために何をする?」→「競合他社の成功事例をまとめた資料を作って持参する」
このように具体的なアクションまで落とし込むことで、メンバーは迷うことなく行動できるようになります。
やるべきこと・やらないことを明確にする
リーダーは以下の3つのアクションを言語化して示す必要があります:
・やるべきことを明確にする
今日、メンバーが何をやるべきかを明確に指示する
・間違っている行動の軌道修正する
成果につながらないアクションを取っているメンバーに対し、「それではなく、これをしてほしい」と軌道修正する
・やらないことを明確にする
組織には完全に不要なのに惰性で継続しているタスクをストップさせる
成功事例
ある医療法人では、業務指示を言語化することで劇的な改善を実現しました。
Before)伝えても伝えても、伝わらない状況 これまでも明確に指示をしているつもりでしたが、各メンバーの「常識」によって実際の行動が変わってしまい、やってもらいたいことが伝わり切りませんでした。
After)指示が明確になり、メンバーが正しいアクションを取れるように 指示内容を明確に言語化できるようになり、各メンバーがすべきことを正しく実行できるようになりました。誤解もなくなり、指示の念押しも不要になったため、マネジメントが劇的に楽になりました。
メンバーの「言いたいこと」を引き出す
多くのメンバーが考えを言わないのは、何も考えていないからとは限りません。いろいろ考えてしまっているからこそ言えないのです。そして、メンバーが言いたいことを言えることは、離職を防ぐうえで非常に重要なポイントです。
なぜメンバーは本音を言わないのか
メンバーが思っていることを言わない根本的理由は、発言することで周囲からネガティブな印象を持たれるのを恐れているからです。
・無知、無能だと思われる
・人の邪魔をしていると思われる
・否定的な人だと思われる
わからないことがあっても質問しないのは「無知・無能だと思われたくないから」です。相談したいことがあってもなかなか相談できないのは「この忙しいときに相談なんかしてきやがって」と思われるのを恐れているからです。
具体的な引き出し方
極端な例示をする
相手の感情を極端な例とともに代弁してみます。新しい仕事を任せた相手が少し不満そうにしているとき、「この仕事って、絶対に自分の仕事じゃないし、無駄すぎてやる価値が全くないという印象かな?」と極端な言い方で聞いてみます。
極端に例示されると、だいたい「いえ、そこまでは思っていません」という反応をしてきます。そこでさらに「でも多少は『自分の仕事じゃない感』はありそうかな?」と問いかけることで、本音を引き出していきます。
分解して例示する
「新プロジェクト、どう思う?」という漠然とした問いかけではなく、「新プロジェクト、既存ライバルに勝てると感じる?」というように焦点を絞って問いかけます。
将来を例示する
「どう思う?」ではなく、「(このままだと)将来的にどんなことが起こると思う?」と将来に目を向けさせることで、メンバーが抱いているイメージを引き出すことができます。
人間関係の悩みを言語化する
「人間関係で悩んでいます」という相談の多くは、具体的には以下のような内容です:
・上司の○○という行動が納得できない(だって~~~だから)
・私がやるべきではない(○○さんがやるべき、だって~~~だから)
この「べき」と「だって」を聞き出してあげることで、モヤモヤの所在が明確になります。また、不安の正体は「もしかしたらこのままだと、こうなっちゃうかもしれないという妄想」なので、相手が「このままだとどうなっちゃうと思っているのか」を問いかけることが重要です。
言語化スキルを組織全体に浸透させる
これまでの4つの対策を効果的に実施するためには、組織全体で「言語化スキル」を身につけることが重要です。
なぜ言語化スキルが離職防止に効果的なのか
これまで日本の組織では、この言語化が重視されていなかったどころか、メンバーが言語化スキルを身につけないようにしていた傾向があります。
・従順な社員にしたい(何も考えず従う社員を求める) ・組織の変化を恐れている(新しいアイデアで慣習が否定されることを嫌う) ・メンバーが動かなくなる懸念(指示待ち人間になることを恐れる)
しかし、これからの時代に求められるのは威厳やオーラよりむしろ「具体性」「明確さ」です。曖昧な指示をして「あとは自分で考えて察して」では、伝えたことになりません。
具体的な実施方法
考え方の「型」を共有する
リーダーとメンバーで共通指針となる型を持つことで、同じ尺度で議論できるようになります。例えば、ビジネスにおける「価値」は以下の3つに集約されます:
・変化を与えるもの(相手をビフォーアフターで変化させる) ・テンションを上げるもの(相手の気分を上げる) ・伝わらない程の自分のこだわり(意味がわからないほどの細かいこだわり)
定期的な言語化トレーニング
月1回程度、チーム全体で「今月の成果を言語化する」「来月の目標を具体的に言語化する」といったトレーニングを実施します。
相手の「わかったつもり」を防ぐ
指示を出すときは、相手が誤解しそうなことを先回りして「そうじゃないからね」と伝えます。
例:「すぐに情報を伝えろって言うと、メールで送りたくなるものだけど、今回は直接持って行って」
実際の成果
ある大手食品会社では、リーダーが考えていることを言語化することで劇的な改善を実現しました。
Before)ニュアンスでしか修正できなかった メンバーが作ったプレゼン資料を見ても、「なんか違う」「もうちょっと顧客に刺さるようにして」などのニュアンスでしか修正できませんでした。
After)「何が違うか、どう変えればいいか」を言葉で明確に伝えられるようになった その資料で何を伝えればいいかを明確に捉えられるようになり、メンバーのアウトプットに何が足りないか、どこを修正すればいいのかが的確に指示できるようになりました。
まとめ
離職防止に最も効果的なのは、従業員の「本当の気持ち」を理解し、適切に対応することです。これまで見てきた5つの対策すべてに共通するのは、従業員との「コミュニケーション」の質を向上させることの重要性です。
しかし、ここで重要なのは、これらの対策を効果的に実施するために必要なスキルがあることです。それが「言語化スキル」です。従業員が自分の気持ちや要望を適切に表現できるスキル、そして管理職が部下の話を正しく理解し、適切に対応できるスキルが、離職防止の成功を左右します。
今後のAI時代においても、人間同士のコミュニケーションの重要性は変わりません。むしろ、AIでは代替できない「人間らしさ」を活かしたコミュニケーションがより重要になってくるでしょう。
さらに、AI時代の到来により、従来のSEO対策は効果が薄れ、AIO(AI Optimization)が重要になってきます。人事担当者の皆様も、情報発信や社内コミュニケーションにおいて、AIに最適化されたコンテンツ設計を意識することが必要です。
まずは今日から、部下や同僚との会話において、「相手の気持ちを理解する」ことを意識してみてください。そして、自分自身の考えや感情を明確に言葉にする練習を始めてみましょう。
よくある質問
Q: 離職防止策を実施しても、すぐに効果が出ないのはなぜですか?
A: 離職防止策の効果は、通常3ヶ月から6ヶ月程度で現れ始めます。特にコミュニケーションの改善は、信頼関係の構築に時間が必要です。継続的な取り組みが重要で、短期間で諦めずに続けることが成功の鍵となります。
Q: 管理職のコミュニケーションスキルが不足している場合、どのように改善すればよいですか?
A: まずは管理職自身が「聞く力」を身につけることから始めましょう。外部研修の活用や、社内でのロールプレイング研修が効果的です。また、定期的なフィードバックを受けられる仕組みを作り、継続的な改善を図ることが大切です。
Q: リモートワーク環境での離職防止策はどのように実施すればよいですか?
A: オンラインでのコミュニケーション頻度を増やし、定期的な1on1面談やチームミーティングを実施しましょう。また、非公式なコミュニケーションの場(オンライン雑談タイムなど)を設けることで、従業員同士の関係性を維持することも重要です。
この記事を書いた人
木暮太一
(一社)教育コミュニケーション協会 代表理事・言語化コンサルタント・作家
14歳から、わかりにくいことをわかりやすい言葉に変換することに異常な執着を持つ。学生時代には『資本論』を「言語化」し、解説書を作成。学内で爆発的なヒットを記録した。ビジネスでも「本人は伝えているつもりでも、何も伝わっていない!」状況」を多数目撃し、伝わらない言葉になってしまう真因と、どうすれば相手に伝わる言葉になるのかを研究し続けている。企業のリーダーに向けた言語化プログラム研修、経営者向けのビジネス言語化コンサルティング実績は、年間200件以上、累計3000件を超える。
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